夢想 「反乱軍リーダー、セイカイ=マクドール殿。貴殿に決闘を申し込む。受けてもらいたい」 テオ=マクドールの言葉に、周りを取り囲む解放軍帝国軍両陣が騒然となった。 「何を馬鹿なことを! ビクトール、その男の首を刎ねろ!!」 もしセイカイが応じ、しかも負けるようなことになれば、せっかくの勝利が、いままでやってきたことが全て水泡に帰してしまう。マッシュはとっさにビク トールを呼んだ。 リーダーがわざわざ己の身を危険にさらすなど、もっての外だ。しかしビクトールは動けなかった。相手が相手なだけに。 テオ=マクドール将軍。解放軍がリーダー、セイカイ=マクドールの父親。運命は皮肉にも二人を敵対させてしまった。志の、小さな相違のために。 「セイカイ……」 とまどうビクトールに、セイカイは首を振って見せた。 「下がってて……ビクトール」 「セイカイ殿!!」 マッシュが制止を叫ぶ。 刹那。 「弓兵、構え!」 セイカイの号令が辺りに響き渡る。 「!」 テオに向けて弓を構える音があちこちから聞こえた。テオがわずかに表情を歪ませる。 「坊ちゃん!」 同じ弓兵ではあったが、主に矢を向けるなどクレオにはできなかった。セイカイのあまりの冷静な判断にとまどい思わず叫ぶ。 セイカイはそれを無視して、安全な距離を保ったまま父を見据えた。 「お断りしよう、テオ将軍。私は解放軍のリーダーだ。むざむざ危険に飛び込むようなマネはしない」 「貴様っ、それでも武人か!!」 テオの後ろに控えていた火炎将アレンが食ってかかる。 「アレン、良い」 「しかしテオ様!」 「いいんだ」 「アレン」 グレンシールにまでなだめられ、アレンは歯を食いしばった。 「申し訳ないが、私達に必要なのは望む結果だけ。決闘に応じることが武人の誇りと言うならば、そんなものは二の次三の次だ」 「なんだと!」 「アレン! よせ」 再び突っかかろうとしてグレンシールに止められるアレンから視線を外し、セイカイは改めてテオを見た。 「親子の情を捨て、帝国軍人として反逆者である私を罰しようとしていたようですが……最終的に親子の情にすがったのはあなたの方でしたね。随分と見 くびられたものです」 「……そのようだな」 その通りかもしれない。せめて、討つなら自分の手で そう考えていたのは否めないし、討たれるなら息子の手で、と心の中で思っていたのも……おそらく事実。結局自分は親であること を完全に捨てられなかったのだ。 しかし今目の前にいるのは息子セイカイではなく、解放軍のリーダー。リーダーとして当然の判断を下し、父に矢を向ける。なんのためらいもなく。その姿か ら、セイカイがどれほどの決意を持ってその地位にいるのかが予想できた。 「あなたに許される選択肢は三つ。無数の矢に貫かれて死ぬか、この場で自ら命を絶つか、我々の仲間になるか」 死という言葉に周囲が敏感に反応した。悲痛な面持ちでセイカイを見る者、怒りを込めてセイカイを睨む者、当然の選択肢と思いつつも、二人の関係を思って 顔を伏せる者、等…… テオは思案するように目を閉じた。実際に考えていたのはバルバロッサ皇帝のこと、帝国のこと、そして息子のこと。自分が取るべき選択肢は考えるまでもな かった。 テオが即答しないので、敵味方関係なく彼を良く思う者は不安を募らせた。願わくば、死を……死だけは選ばぬよう やがて。 テオはおもむろに地面に座り込んだ。そして剣を肩にかける。 セイカイは目を細めた。 「テオ様!!」 クレオが叫ぶ。それにいくつもの声が重なった。 「アレン。グレンシール」 「……はっ」 上官の呼びかけに、二人の将は沈痛な表情で肩膝を着く。 「今までよく私に付いてきてくれた。これからは……セイカイの力になってほしい」 「……テオ様……」 「承知致しました」 テオはアレンとグレンシールにうなずき、セイカイを見上げた。 「……テオ将軍」 セイカイは前に歩み出た。安全な距離は決して崩さずに。 「僕は国民がどんな目に遭っているか知っている。そしてそれを見過ごすことなど、できない」 「……」 「あなたが苦しむ国民を見てみぬ振りをし、親子の情も捨てて、ただバルバロッサ皇帝一人に忠誠を尽くすことを選んだことを、今更とやかく言うつもりはあり ません。人として、そういう道もあるでしょう……ただ」 セイカイは表情を少し険しくした。 「ただ、そんなあなたを僕は、軽蔑する」 テオただまっすぐセイカイを見ていた。セイカイもテオを見下ろしていた。しばらく見つめ合い……やがてセイカイは微笑んだ。 「……でも、僕の内のこの正義感は……父さん。あなたから受け継いだものだと、思っています」 「そうか……」 テオは満足そうな顔で目を伏せた。 「そう言ってくれるか、息子よ」 そして笑いながら再びセイカイを見上げた。 「少し見ないうちに、見違えるほど成長したな、セイカイ。私は鼻が高いぞ。こんな素晴らしい息子を持てたのだからな」 「僕も、父さんの息子で良かった……」 テオはうなずいた。 「セイカイ。お前が信じる道をいきなさい。それがどんな道であれ、私は祝福しよう」 「ありがとう……」 抱き合うどころか、距離すら縮めなかったのは、二人のけじめ。 「では……な」 テオは己の剣を自らの首に押し当てた。 彼の自害を止めたかった者がたくさんいた。しかし誰も止めようとしなかった。できなかった。 テオが刃を引く瞬間、何人もが目を背けた。その一方で何人もが死に様を見届けようと凝視していた。セイカイも、見つめていた。 何処かですすり泣きが上がった。伝染病のように瞬く間に方々に広がった。 セイカイは絶命し、前のめりに倒れた父の体を地面に横たわらせた。持っていた布きれで顔に付いた血を拭いてきれいにしてやる。斬られた傷は痛々しく見え たが、父の死に顔は安らかだった。 セイカイはしばらくテオの顔を見つめていた。クレオがふらふらと近付く。 ふと、セイカイが何言かを呟い た。 「坊ちゃん……?」 「……もう……もう……いいかなぁ……」 クレオが顔を覗き込むと、セイカイは穴の空いたような、虚ろな笑みを浮かべていた。握った拳がカタカタと震えている。 そうか、この子はずっと クレオはセイカイの拳を握った。 「もう、いいですよ……いいんですよ、坊ちゃん……」 セイカイはクレオを見上げた。クレオが微笑んでうなずいて見せると、セイカイの表情がくしゃっと歪んだ。 セイカイはずっと我慢していたのだ。親子の情に流されそうになるのを、必死に耐えていたのだ。必死に耐えながら、解放軍のリーダーを演じていたのだ。 セイカイは父の亡骸にしがみつき、堰を切ったように泣き出した。父さん、父さん、と叫びながら。 この場ではもう誰も、マッシュも、セイカイにリーダーであることを求めたりはしなかった。先のグレミオのこともある。尚更、求められなかった。 突然、セイカイの泣き声が止まった。彼の右手が怪しげな光を放っている。 「坊ちゃん……!」 テオの体も光っていた。次の瞬間それはセイカイの右手に吸い込まれ……やがて何事もなかったかのように手からも光が消えた。 「坊ちゃん、今の……」 しかしクレオの呟きにセイカイは答えられなかった。 「!? 坊ちゃん!?」 ぐらりと傾いたセイカイの体を、クレオは慌てて抱き止めた。 セイカイの意識は、右手が 正確に はテッドから預かったソウルイーターが、テオの体から発せられた光を取り込んだ瞬間に、闇へと突き落とされていた。 気を失う瞬間、セイカイは思った。 テッド、僕は END 以前作った坊ちゃん本『道』より。 ゲーム上、遊び要素を増やすために父親とだって一騎打ちがあってもいいと思うし、 物語上、父親と一騎打ちがあった方が面白いと思います。 でも、やっぱり普通できるもんなのかなー、と思って作った話。 『独白』の後に読むと感慨がヒトシオかと思われます。 多分。 |