一つの終わり 



 時が流れ、何もかもが変わった。
 自分も変わった。
 でも、何も変わっていないとも思う。
 歩くことをやめた自分にとって、移ろいゆくこの世界は、変わったけれど、変わっていない。



 辿り着いた森の中の一軒家。質素で小さな家。その前で一人の青年が薪割りをしている。
 ラウドの気配に気付いて顔を上げた……その表情が驚きに彩られた。ラウドは「よう」と笑いながら手を挙げる。
「いずれ来ると思ってましたよ」
 そう言って青年――キサラギは笑った。
「ジョウイから知らせが来なかったか?」
「もらってましたけど……それ以前から、そんな気がしてました」
「そうか」
「老けましたね」
「てめぇに言われたかねぇ」
「でも隊長よりはずっと若いですよ」
「うるせえな」
 そして二人で笑う。
「妹さんは元気ですか?」
 キサラギが尋ねると、ラウドは笑顔でうなずいた。
「おう。この前久し振りに村に立ち寄ったら、甥っ子姪っ子がうるさかったぜ」
「男の子と女の子ですか」
「ああ。母親に似て美人だぜ」
「それは暗に自分の血のなせる技って言ってますね?」
「ストレートに俺の甥姪だからって言うよりはマシだろ。お前こそ一緒にいた姉ちゃんはどうした」
 ナナミのことだ。
「キャロで孤児院をやってます」
「へぇ。お前等はずっと一緒ってイメージがあったけどな」
「ジョウイが腰を落ち着けたし、ナナミもずっと、いずれは孤児院を開きたいって言ってたので、僕の方から離れたんです」
 俗世は、落ち着かなくて。そう言ってキサラギは寂しそうに笑った。
「ああ。それはちょっと分かるな。居場所がな。ないんだよな」
「そうなんですよ。こればっかりはどうしようもなかったですね」
 ――穏やかな風が二人の間をすり抜ける。
「ジョウイとはやらなかたんですね」
 キサラギがそう言うと、ラウドは苦笑した。
「なんか、幸せそうに暮らしてんの見たら、申し訳なくなってきてな。住む世界が違うのに、無理矢理引きずり込むこともないかと思って、やめてきた」
「住む世界が違う、ですか」
「ああ。それこそ俗世に居場所がない人間だからよ。お前はまだ俺と同じ世界の住人で助かったぜ」
「本当に助かったって思ってますか?」
 意味深な笑みをたたえてキサラギは言う。ラウドは肩をすくめただけで何も言わなかった。
「……僕はずっと“ここ”にいると思います」
「お互い難儀だな」
「全くですね」
 で、とキサラギ。
「どうします? すぐやりますか?」
「客人に茶の一杯くらい出せよ」
 そう言いながらラウドはキサラギから離れる。
 鞘から剣を抜き、改めてキサラギを見た。
「じゃぁ、ちょっと待って下さい」
 そう言ってキサラギは一度家の中へ入る。再び出てきた彼の手には愛用の得物があった。
「殺してもいいか?」
「できるものならどうぞ。殺されても恨んだりはしませんから」
 その代わり、とキサラギは口の端を上げる。ラウドはうなずいた。
「もちろんだ!」
 同時に、駆け出した。





「どうよ、ここの暮らし」
 ラウドが尋ねると、キサラギはうーんと唸った。
「いい時もあるし、悪い時もあるし。でも近くに町があるから、便利と言えば便利ですよ」
「ふーん……」
「腰、落ち着けるんですか?」
「いいや、無理だろ。根無し草が性に合ってるのさ」
「昔は腰を落ち着けてのんびり老後を過ごしたいって言ってたのに」
「誰かさんのせいで、そのプランは台無しになったじゃねぇかよ」
「ああ、それもそうでしたね」
「けっ、よく言うぜ」
 笑う。屈託なく、二人は共に笑える。
「なぁ。死の先に何があると思う?」
「それは死んでみないと分からないですね」
「想像力ねぇなぁ。なんかねぇのかよ。俺を慰めろよ」
「じゃぁ、天国と地獄があるんです」
「じゃぁってなんだ。じゃぁって」
「ワガママだなぁ」
「昔からだろうがよ」
「それもそうですね」
 ラウドは目を閉じた。
「ここは空気がいいなぁ」
「たまにはいいんじゃないですか。腰を下ろすのも」
「そうだなぁ」
「お茶でも入れましょうか?」
「いや、少し寝る」
 日差しが心地よい。
「じゃぁ、僕も御一緒させてもらいます」
「大の男が二人並んで昼寝かよ。はー、殺伐としてやがる」
「しかたないですよ。“ここ”の住人は少ないんですから」
「あー、それもそうだな――」



END