最善
この男を解放軍に迎え入れれば、一波乱起きるのは目に見えていた。 リーダー、軍師等と共に光の歪みから現れたレオン=シルバーバーグ。 彼を一部の人間達の視線が貫いた。 それでも彼等がその場で刃を抜かなかったのは、他でもない、セイカイとマッシュがその存在を受け入れていたからだ。 だが……かと言って、簡単に収まる感情でもなく。 「これは夜分遅くに物々しい」 桟橋で風に当たっていたレオンを、数人の兵が取り囲んだ。手には各々武器。明らかな殺気を放っている。 「よくも、いけしゃあしゃあと! 自分がカレッカにしたことを分かっているのか!?」 兵の一人が叫ぶ。月の光を受け、ぎらりと剣が輝いた。 ――カレッカの虐殺に参加した者達か。レオンは肩をすくめた。 「求めたのは軍師とリーダーだ」 「黙れ!! マッシュ殿とセイカイ様が許しても、俺達は許さん!」 「……」 レオンは殺気立つ兵達を関心の薄い眼差しで見回した。兵達の怒りには本当に関心がなかった。 だがむざむざ殺されるわけにもいかない。さてどうしようかと思案し……ふと気が付いた。 ――兵達の背後に人。 「死ね!」 一人がレオンに襲い掛かろうとする。その腕をいつの間にか増えていた人影に掴まれた。 「!?」 「貴方は」 「……」 ハンフリー=ミンツである。 デカイ図体だというのに、兵達は腕を捕まれるまでその存在に気が付かなかった。呆気に取られて大刀の男を見つめる。 「……レオン殿は解放軍に必要な方だ……」 特になんの感情もない、いつもの静謐な目でハンフリーは言った。 「レオン“殿”……? 必要? 貴方がそれを言うのですか?」 信じられないという顔で兵が呟く。 「あんただってよく分かってるだろう!? この男が何をしたのか!!」 「我々の目的は、報復ではなく解放だ……目的を履き違えるな」 「解放軍に籍を置くならね」 最後に言葉を付け足したのはセイカイ=マクドールだ。軍師のマッシュ=シルバーバーグと共にハンフリーの後ろに立っていた。 「暗殺するならもっと周りの目に気を付けた方がいいよ」 苦笑しながらセイカイが言う。 「これは手厳しい御冗談を」 レオンがそれに応え、セイカイはにこりと笑って見せた。 「その人を解放軍に誘ったのは私です」 マッシュが告げる。 「そして僕がそれを許可した。だからレオンさんが解放軍に在籍するのは、解放軍の意思も同じと思ってもらわないと」 そう言うセイカイに、しかし納得できない様子で兵士の一人が叫んだ。 「アンタは何も知らないからそんなことが言えるんだ!!」 「知ってるよ」 「えっ……」 まさかセイカイがカレッカの真実を知っているとは微塵も思わなかったのだろう、あっさり返ってきた答えに兵士達は一様に驚いた。 「それでもなお、僕達はレオンさんの助力を望む。解放軍にはレオンさんが必要なんだ。それでも納得できないなら、反逆者として強硬手段に出るけど」 「っ……!」 兵士達は黙り込んだ。反抗の意思が武器持つ手に力をこめさせるが、振るうには至らなかった。 「それに、スパイ疑惑で皆多少なりとも疑心暗鬼になってるんだ。この程度のことで身内で諍いが起こるのは歓迎しない。だからあなた方もカレッカのことは公 言しないでね。いらぬ混乱を招くから」 目的を履き違えないでね―― そして、ぱんっ、とセイカイは手を打つ。 「じゃ、この話はこれで終わりと言うことで。レオンさん、寝る前に一杯どう?」 ウインクをしながらセイカイはグラスを傾ける仕草をした。 「では御一緒しよう」 うなずいて答え、レオンは何事もなかったかのように兵達の輪をすり抜けた。 「マッシュも」 「……いいでしょう」 セイカイの挑むような笑みに、マッシュは苦笑して応じた。セイカイはハンフリーに「後はよろしく」とでも言うように微笑んで、軍師二人と本拠地の中へ消 えた。 セイカイの後姿に軽く頭を下げ……ハンフリーは兵達を見た。 「軍師として優秀なのは分かる。だがアイツは、アイツの性根は、外道だぞ!!」 ことの経緯に耐え切れず一人が食ってかかった。 「あんな奴を仲間に引き入れるなんて、解放軍の名に傷が付く」 「目的の為に手段を選ばないんじゃ、アイツと同じじゃないですか!」 始めの一人に釣られるように、他の者達も口々に不平を言い出す。 「……何か、正しいことをしているつもりか……?」 ぽつりと、無口な男から零れた問い。 「どういう、意味ですか?」 「戦争は正しい手段なのか?」 「!」 兵達は絶句した。 「……互いに大義名分を掲げて、殺し合いをしているだけだ……」 悲哀を携え、言葉が風に流れていく。 「それじゃぁ……それじゃぁ俺達は、貴方は、なんの為に何をしているっていうんですか!!」 「だから、目的を見失うなと言っている」 そう答え、ハンフリーは兵達に背を向けた。 「あんたは、悔しくないのか!!」 たまらず一人がその大きな背中に叫んだ。ハンフリーの足が止まる。 「……軍師の策は、武器と同じ。賛同し、信頼し、実行する者がいなければ、なんの意味もない……」 そして振り返り、兵達を――かつての部下達を見回した。 「レオン“殿”に善悪などない……確固たる信念と同じように。“あの男”はただ、望まれる結果に対して確実で手っ取り早い策を提示するだけだ――」 ……憎しみをレオンにぶつけることができたら、どんなに楽だっただろうか。 かつてハンフリーは理解し、愕然とした。 行き場を失った怒りが自身を焼き。 絶望に等しい途方が目の前を閉ざし。 永遠と思える時を放浪したその果てに、やがて与えられた道は、答えは―― 「……オデッサ……」 与えてくれたのは、今は亡き解放軍の初代リーダー。 帝国の、民の解放を。 悪政からの、解放を。 前に、進まねばならぬ。 少しでも最善の方へ。 だから、見失ってはならぬのだ。 END 『剣』『カレッカの誓い』と併せて読んでいただくと、少しは 深みが出る……と思いたい(苦笑 いろいろ会話の補足説明を入れようかと思いましたが、文の流れを変に分断しそうだったのでやめました。 書きたかったことが伝わるといいなぁ…… |