オリジナル設定警報発令中。
苦手は方は注意。 ハンフリーは良家の息子ということにしています。 でも養子。 良家の出なのにあんな無愛想ってありなんだろうかと思ったりなんかしたり。 父親は百人隊長です。 継承戦争中に戦死し、跡をハンフリーが継いだことにしてあります。 気にしないよー、という方はスクロール! 死に 逝く者と生き残る者 初めて参加した本格的な戦。 まるで雑草を刈り取るが如く人を斬り、まるでゴミのように人が死んでいく。 惜しげもなく注がれる大量の血。もうその臭いを感じなくなった。 これが戦。頭では分かっていた。実際目の当たりにしてみると……やはりそんなものだった。 己の感情が希薄になっていくのが分かった。 自分が何を斬っているのか……それ以前に何をしているのかすら、分からなくなりそうだった。 できるだけ自分は殺されぬように。仲間が殺されぬように。 倒れぬように。動かなくならぬように。 ひたすら、ひたすら大刀を振るう。 「百人隊長がやられたぞ!!」 百人隊長が殺された…… 百人隊長…… 「ハンフリー」 仲間の一人が気遣わしげな顔をハンフリーに見せる。 ああ、そうだ…… 「父上」 百人隊長は自分を養子にしてくれた人。 百人隊長としてカシム=ハジル将軍の側で戦っていた人。 「やられた……」 事実が頭に浸透するまで時間がかかった。 そうか、殺されたのか…… 『ハンフリー、死ぬんじゃないぞ。生き残らねば、未来は……望む未来は手に入らん』 「ハンフリー!! 待て、何処へ行くんだ!」 気が付いたら駆け出していた。持ち場を離れ、仲間の制止に耳を貸さず。 「仇討ちなんて考えるな! 死ぬぞ!!」 仇討ちなんて考えもしなかった。ただ、奪われたものを取り返さなければならないという思いだけがあった。早く取り返さなければ、永遠に失われる。父の 『未来』が失われる。そのことが恐ろしく思えて、ハンフリーは走った。 一種のパニック状態だったのかもしれない。もう失われているのだと気付けなかった。 見覚えのある姿を見つけ、ハンフリーは側に駆け寄った。 光を失い、虚空を凝視する養父。 『ハンフリー、死ぬんじゃないぞ。生き残らねば、未来は……望む未来は手に入らん』 失われた。もう帰ってはこない。 未来は失われ…… ドサリ、とすぐ近くに敵の死体が転がった。反射的に周囲を見回すと、多くの者が戦っていた。 「……」 ハンフリーは我に返った。父は死んでしまったが、戦に決着はついていない。まだ未来は失われてはいない。こんな状況下で己を見失うなんて、愚かなことを と 舌打ちする。 刹那、殺意を感じて立ち上がり様に大刀を振るった。それは敵の剣を弾き返して体勢を崩させる。隙を見てもう一閃。確実に仕留めたのを確認して、再度周り を見渡した。 一箇所に妙な人だかりを見つけた。味方の兵が何かを取り囲んでいる。中から悲鳴が聞こえ、「畜生、強いぞ!」とか「弓兵はいないのか!」など叫んでい る。 そこまで考えてハンフリーははっとした。足元の父を見下ろす。 養父は強い人だった。精鋭と言われる百人隊の隊長を務めるほどの人だったのだ。その父を倒すのだから、よほどの…… ドクンッと全身の血が脈動した。あそこには父の未来を奪った奴がいる。父の未来を奪えるくらいに強い奴がいる。このままでは俺達の未来まで奪いかねない 奴がいる。 奪われるわけには、いかない。 ハンフリーは人だかりの方へ歩き出した。横から襲いかかってきた敵兵を見向きもせずに一刀で斬り伏せる。 ハンフリーに気付いた味方兵は、息を呑んで道を空けた。遥かに若いはずの、ハンフリーの無謀な闘志をとがめられる者は誰一人としていなかった。 輪の中心にいたのは、二十歳半ばの男だった。左手に大盾、右手に片手大剣を持っている。彼はすぐにハンフリーの存在に気が付いた。 ハンフリーは歩行に邪魔だった死体を、敵味方問わず掴んで投げ飛ばし、足で蹴りよける。男はハンフリーの態度と闘志に「ほう」と感嘆の声をもらした。決 して止まらず刀を向けようとする新しき挑戦者に男は ゲイル皇帝側の武将が一人、クロイツは気を引き締め、剣を構えた。 片側はカシム=ハジル軍、もう片側はアンテイなどがあるクナン地方に終結したゲイル軍の末端部隊。その二軍で戦が始められていた。 勝敗はカシム=ハジル軍の圧勝、まだ統率を取りきれず、数でも劣るゲイル軍が負ける と思われていた。 ところが一大隊規模ながら、優秀な指揮官と精鋭部隊が湖からクナンへ上陸。程度よく消耗していたカシム軍は、逆転とはいかないまでも、苦戦を強いられる こととなった。 もちろん湖は警戒していないわけではなかった。増援は当然、想定していた。西から北は都市同盟領、東にサラディを囲む山々、南にトラン湖を有するカシム 軍は、いずれにせよ北の関所から陸地を南下して各地を制圧しつつ、バルバロッサ率いる本陣と合流するほかない。故にロリマー地方とクナン南に陣を敷くミル イヒ軍とうまく連絡を取り合い、進軍を開始した。 予想外だったのが、援軍に駆けつけた一大隊が、ゲイル本陣の精鋭であったこと。証にクロイツがいる。いや、もしかしたらクロイツが率いたことによって駄 軍が精鋭になったのかもしれない。予想以上に進軍が遅れ、ミルイヒ軍との合流も遅れている。もりミルイヒ軍も同じ目に遭っていれば、合流どころか勝敗その ものが危うくなる。 ハンフリーが所属するカシム=ハジル軍は、そういう状況に置かれていた。 そしてハンフリーの大刀もクロイツに届かないでいた。 負けてはいない。しかしこのまま闘いが長引けば、確実に負ける。クロイツとの実力の差が歴然でありながら、それでも負けずに済んでいるのは、ひとえに望 む未来を失うことへの恐怖のお陰だった。失わないためにハンフリーは必死だった。 そして、ハンフリーは知る由もなかったが、クロイツは内心焦っていた。自分より明らかに劣っている男をなかなか討ち破れない。刃は確かに届いているの に、致命傷には決して至らないのだ。 自軍への指揮がおろそかになっているのに、クロイツはそのことに気付かなかった。 そこへ 運命の分かれ目が訪れる。 「……おい、ありゃなんだ?」 兵達が次々に気付き始めた。 空を駆ける異形の姿に。 「翼……?」 「あれは!」 「竜だぁぁぁっ!!」 大きく広げられた翼。大地を揺るがす咆哮。それ等は、ゲイル軍に牙を剥いた。 「ぎゃあああっ!!」 「うおあぁぁっ!!」 現れた竜十騎の爪とブレスは確実にゲイル軍の兵だけを仕留める。 「竜洞騎士団……」 思わぬカシム側の援軍にゲイル軍は混乱し、再び統率を失って戦どころではなくなった。そのことに気付いたクロイツは腹立たしげに空を睨む。 「おのれ竜騎士……皇帝に反旗を翻したな……!! 立場をわきまえぬ愚か者共が……っ」 クロイツは瞬時に意識を地上に戻した。ハンフリーの刀が目前に迫っていた。 「ちっ……」 それを大盾で払い、ハンフリーを蹴飛ばす。 すぐに退却せねばならなかった。これ以上無駄に兵を失っては後々厳しくなる。ハンフリーとの決着を諦め、クロイツは戦線離脱を決めた。 「この勝負、預ける……我が名はクロイツ。貴様は?」 ハンフリーは地面に膝を着きながらクロイツを睨んでいた。 「……ハンフリー=ミンツ」 「覚えておく」 言うが早いかクロイツは踵を返した。ハンフリーは追いかけようと思ったが、一度着いた膝は地面から離れることを拒否。体勢を崩した彼は地に両手を着き、 しばらく動けなかった。 その後は風の如く過ぎていった。 ゲイル軍が撤退し、送れた残党を損失の少なかった部隊が一掃。 ハンフリーは己が長を務める小隊の仲間に保護され前線から離れた。 消して軽いとは言えない怪我を負った者が集められている所の一角で、応急処置の魔法をかけてもらっていると、遠くで一匹の竜が地に降り立ち、騎士以外の 者を乗せる籠から見覚えのある男が出てきたのが見えた。 ヨシュアだ。竜洞騎士団の団長、ヨシュア。 「あ、ちょっと、動かないの!」 立ち上がろうとしたら当然止められたが、目配せをして心情を察してもらい、その場を離れる。背後でため息が聞こえたが、気にしなかった。 無傷の時とは違い、痛む所をかばうために、ひどくアンバランスな歩き方をしなければならなかったが、なんとかヨシュアへと近付く。ある程度側まで行く と、ヨシュアがハンフリーに気付いて逆に駆け寄った。 「無事だったか、ハンフリー殿! ……そうでもないか。手酷くやられたな」 そう言ってヨシュアは苦笑する。 しかしハンフリーはそれに言葉を返す気はなかった。言いたいのは一つだけ。伝えたいのは感謝でも喜びでもなく。 「……何故、アンタがここへ来た……?」 竜騎士が来たこと自体は問わなかった。介入してほしくないと望んではいたが、無理なのは分かっていたから。意図を聞きたいのは、ヨシュア自身がこの戦場 へ来たこ とに対して。 「アンタは団長だろう……騎士団にとって大事な存在のアンタが、わざわざ何故こんな所へ……」 敬語が消えているのは失念していた。それくらい出血のせいで頭がぼうっとしていたし、腹立たしかった。 「おい、大丈夫か? 顔色があんまり良くないぞ?」 「質問しているのはこっちだ……」 静かで決して強くはない物言いに、否と言わせぬ何かを感じてヨシュアは一瞬たじろいだ。しかし言われているのは竜騎士からも耳にタコができるくらい聞か された事。ヨシュアはため息をつき、仕方なく答えることにした。顔には苦笑いが浮かんでいた。 「……竜洞騎士団と帝国の運命を懸けた戦いに、私が出ていかねば示しがつかんだろう? しかも初陣なのだから、尚更私が先陣を切らねば、団長とし ての立場がないじゃないか。竜と竜騎士達に戦を強要するのだから」 「だが、何かあったらどうするんだ……竜は紋章がないと生きていけぬと聞いた……竜騎士達だって、そんなこと望んでいないだろう……」 「もちろん難しい顔はされたがね。しかしそこら辺は大丈夫だよ。私の身に何かあった時の対策は既に打ってある」 ハンフリーはヨシュアの『言い訳』を聞きながら、本当はそんな話をしたいわけではないのにと、歯がゆい思いをしていた。その歯がゆさが、ますますイライ ラを募らせる。 「だからって己の命を軽んじて見ているわけではないし。ただ、いつ何があってもいいよう、覚悟はできているということだ」 覚悟。その言葉を聞いた途端、ハンフリーの中で何かが弾けた。 「皆、同じ命。同じ死が待っているというのに、戦場に出たら“これは死んでいい命”、“これは死んでは駄目な命”って区別するのは、おかしくはな」 バシンッ まだまだ慌ただしい戦場の跡地に、その音はクリアに響き渡った。 ハンフリーがヨシュアの頬に裏手打ちを放った音が。 それは、その場の喧騒を一瞬にして吹き飛ばした。 殴られた右頬をおさえ、ヨシュアは唖然としてハンフリーを見た。 ハンフリーは彼には珍しく激しい怒りを眼差しに込めて、ヨシュアを睨んでいた。 「覚悟……? 死ぬ覚悟……? ふざけるな……ここにいる誰もがそんなものを持っていると思っているのか……? 死んで いった者が全員死ぬ覚悟ができていたと思っているのか……!?」 「ハンフ」 問答無用でハンフリーはヨシュアの胸倉を掴んだ。 「皆、死にたくてここに来てるんじゃない。死ぬ覚悟ができているから来てるんじゃない。死にたくないから……生き残りたいから、生きて望む未来を 手に入れたいから! 恐怖に見てみぬ振りをして、ここに……っ」 強いめまいがして、ハンフリーは目を閉じた。 「あっ、おい、お前」 心配になってヨシュアは胸倉の手を外し、いつ崩れてもいいようにハンフリーの腰に腕を回した。 「うるさい……っ」 しかしハンフリーは触るなと言わんばかりにヨシュアの腕を払いのける。そしてなお強い眼差しでヨシュアを睨んだ。 「俺達の決意に水を差すようなことを言うな……! 死んでいった者達を含めて、俺達は……」 父は覚悟ができていたかもしれないが、決して死にたかったわけではないだろう。生き残って望む未来を手に入れたかったはずだ。この先もっとカシム将軍の 役にも立ちたかっただろう。しかしこれからという時に、志半ばで死ななければならなかった。 父だけではない。今回の戦で散った者達、それこそカシム軍もゲイル軍も関係なく、多くが望む未来を手に入れられず、この先手に入れようと戦うことさえで きないのだ。 それなのに。それなのにこの男は悟ったような口振りで しかし口から出た言葉は途中で切れた。 ハンフリーの体から全ての力が抜け、膝からふっと落ちる。ヨシュアは慌てて腕を差し出し、抱き止めた。 「無理して……」 触れた体温は、戦の後だというのに冷たかった。 ハンフリーの仲間が毛布片手に駆け寄る。その者に全てを預け、ヨシュアは身を引いた。 「ヨシュア様」 何か重要なことを言いたそうな顔をして、配下の竜騎士がヨシュアを呼ぶ。ヨシュアは肩をすくめて、「分かっている」と答えた。 「ハンフリーと同じことを言いたかったのだろう?」 「はい」 ヨシュアは深々とため息をついた。 始めと後の内容が全く別のもので、支離滅裂としてるようにも聞こえるハンフリーの話。だがヨシュアも、控えていた竜騎士も、ハンフリーが本当は何を言い たかったのか充分に理解した。だから明らかに無礼を働いているハンフリーを、竜騎士の誰も止めなかった。やめさせようとするカシム軍の兵士をかえって止 めていたくらいだ。 「私も長く生きすぎたということか。本当に大事なことを忘れるくらいに」 物事を達観する癖がついてしまっていた。悟った気でいたが、大事なことを忘れているようでは悟りもへったくれもない。 自分は長いこと生きてきた。しかしまだ死んでいない。確かに生きているのだ。 『死にたくないから、生き残りたいから、生きて望む未来を手に入れたいから、ここにいる』 なんて奴だ、ハンフリー=ミンツという男は。この竜洞騎士団長に説教したあげく、手まで上げて。 お陰で目が覚めた。 「決意。確かに未来を見据える者の言葉だ」 「ああいう御友人が、あなたには必要かもしれませんね」 「まったくだ」 そう言ってヨシュアは笑った。 この私を殴ったんだ。それくらいの役は引き受けてもらうぞ、ハンフリー。 「さあ、行くぞ。戦って勝って生き残って、望む未来を手に入れるためにな!」 END 以前作ったコピー本『友』より、『死に逝く者と生き残る者』 でした。 いろいろ試行錯誤した記憶があります。 ヨシュアがハンフリーに尊敬の念を抱いて、対等の友と認めた……だったらいいなぁと思いつつ。 なのでヨシュア様にはちょっと痛い思いをしてもらいました。 ヨシュア様を殴るなんて、そうそうできるモンじゃないでしょ。 |