斜陽

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 放たれたブーケを捕まえることができた女性は幸せになれるという。
 花嫁は、兄の名を呼んで放り投げた。
「俺は女じゃねぇぞ!」
 そう言って兄は、見当違いの方向へ跳んだブーケを、泣き出しそうな笑顔で見事受け止めた。
 飛び上がり、無理な体勢で小さな花束を掴んだ兄、そのままちょうどそこにいた式の参加者達の中へと身を沈める。
 湧き上がる悲鳴と怒声と笑い声。喧騒の花は、その時確かに幸せを彩っていた。



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 雑貨や日用品がなくなった部屋のテーブルに、不釣合いにその花達が飾られている。花瓶は酒瓶で代用。彼らしいと言えば、らしい。
 ラウドはその可憐な花達に別れの挨拶をして、家を出た。ダイニングと寝室一つだけの小さな我が家。その扉に鍵をかける。
 早朝である。顔を覗かせぬ陽の光がまだ空を薄く染め始めたばかりの朝。冷たい空気の中、ラウドは隣りの家の扉を叩く。家主はすぐに出てきた。
「おはようキルケ」
「おはよう。……もう行くのか」
「あぁ」
 家主の問いにラウドはうなずいた。そして持っていた鍵を手渡す。
「好きにしていいからな」
「せめて妹夫婦に挨拶してったらどうだ?」
 だがラウドは肩をすくめた。
「アイツにさよならを言うのは、ちょっとな」
 ずっと側にいると、妹に約束した。そしてずっと側にいた。
 今、ラウドはそれを違えようとしている。
「そうか……お前がそう決めたのなら、もう何も言うことはないな」
 そう言ってキルケはポケットから取り出した小袋をラウドに差し出した。
「餞別だ。持っていけ」
「おいおい、気ィ遣うなよ」
「俺とお前の仲だろ、気ィくらい遣わせろ」
「そう来たか……なら受け取るしかねぇな」
「門まで見送りはしないぜ。湿っぽいのはタチじゃない。達者でな」
「お前もな」
 互いに拳を合わせ、ラウドは友に背を向けた。
 カレッカの村はまだ寝静まっている。かつて魔物がはびこるほどに朽ちた、悲劇の村。今は復興に参加した者達の尽力あって、人が住める環境に整えられた。縄張を取り戻そうと襲撃を繰り返していた魔物達も既に諦めている。沈黙の中、ラウドの足音だけが虚しく響いた。それに耳をそばだてる者は誰もいない。
 俺の旅立ちにはこれが相応しいな。ラウドは独りひっそりと苦笑した。自分の決意がどんなものか、彼は自覚している。ラウドが想像する己の未来は、決して時の流れぬ早朝の沈黙に閉ざされた村のようなもの。何者をも受け入れられるようで、何者をも受け付けない、閉ざされた未来。
 自由と言えば聞こえはいいが、結局は途方に暮れているだけなのだ。旅立ちは前に進む為ではなく、彷徨うと同義。もはや、この村に自分の居場所はないのだから――
「……!」
 村の門が見えたところで、ラウドは足を止めた。彼の顔には驚きが広がっている。門の側に、二つの人影が佇んでいたからだ。
「お兄ちゃん」
 妹だ。昨日、美しく門出を祝った妹。この世でラウドが唯一愛している妹。隣りには新しい家族である夫。
「お前、どうして……」
 ラウドは自分がこの村を立ち去るつもりだったことを、妹に話していない。キルケ以外には悟らせるようなこともしなかった。しかし妹はまるで旅立つ兄を待っていたようにここにいる。
 ……いや、まるで、ではない。彼女は待っていたのだ。
「お兄ちゃん……」
 妹は顔を伏せ、何かを言い淀む。ラウドは居た堪れなくなって顔を逸らした。罪の意識が首をもたげる。義弟は何も言わず、二人を見守っていた。
 やがて妹は、意を決して兄を見た。実際には盲目の彼女は兄の顔を見ることはできないが、心はしっかりと兄を見据えた。“視線”を感じてラウドが妹に目を戻す。
 おもむろに上げられた手がラウドの体に触れ、探るように顔へと移動する。そして両手で頬を挟み、
「いってらっしゃい」
 麗しき娘の腕がラウドの首に絡んだ。
「……いってきます」
 ラウドは妹の体を抱き返した。次に会うのはいつになるか、名残惜しむように強く抱き締める。
 妹は、夫なった男と付き合い始めた頃から、自分が結婚したら兄は何処かへ消えてしまうのではないかという予感を抱いていた。もしそれが現実となれば大変寂しいことである。しかし今まで兄を束縛していたと自覚している彼女は、結婚したら兄を解放すると決意していたのだった。だから、本当は離れたくないという本心を「いってらっしゃい」という言葉に代えて、送り出すことに決めた。
「くれぐれも体に気を付けてね」
「お前もな」
 やがて二人は体を離す。
「妹を、よろしく頼む」
「はい義兄さん。どうぞお元気で」
 そしてラウドは見送り二人に手を振って、村を後にしたのだった。
 朝日が山の端から姿を現し始めている。その光を横から受けながら、ラウドは歩き出した。
 何もない未来へ。
 自由と言えば聞こえはいいが、途方に暮れているだけである。それでもラウドは歩き始めたのだった。
 だんだんと離れてゆく後方では、妹が夫の腕の中で泣いていた。それを視認できる距離にいないラウドは振り返らない。
 ラウドの前には広大な原野が広がっている。それを陽の光が徐々に照らしていった。広がる原野はラウドの未来のようである。しかし、時の流れぬ早朝の沈黙に閉ざされた未来に、やがて陽光が差すかどうかは、誰も知らない。





END

志方あきこの2ndアルバム「RAKA」を聴いていたら「ラウド!!」って思ったんですよね。
アルバムの全体的の荒廃的な雰囲気がなんとなくゲーム後のラウドのイメージ(あくまで宮代の勝手な妄想)でして。
ネタが随分前からあったんですが、文章化するほど印象が強くなかったんです。
でもこの「RAKA」で一発入魂。すらすら進んでアラびっくり。
そういえばキッサリータ様の描かれるラウド妹の姿が私のイメージにぴったりでどっきんこ☆
キッサリータ様の素敵ラウド天国サイト(笑)『ハルヌティーダ』はLINKページから飛べます。
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