闇を唄えば



 どんなに体を洗ったって、血の臭いや死臭がしている んじゃないかと時々思う。
 そして周りの人間達はどう思っているのだろうかと考 える時がある。
 己の職を今更コンプレックスとは言いたくないが、そ ういうことを考えている時は決まって自嘲的になっていることが多い。
 首切りしかできない自分。首切りしか知らない自分。  
 その脇を時が移り変わりながら通り過ぎていく。
     そんなことを考えてしまうのは、いつまでたっても自分の中で未来を思い描けな いからだ。
 それならばいっそのこと死に場所を求めた方がまだ生 産的だとは思わないか?





 寝静まった本拠地。
 セイカイは一人、階段の踊り場の窓から空を眺めてい た。
 口をついて出るのは、いつぞや朝もやの中、幻聴のよ うに微かに聞こえた歌。
 闇を唄えば花の香りも血潮の色も失せ、闇に唄えば人 の心も己の礎も尽きる……そんな歌。
 繰り返し、繰り返し、同じフレーズを唄い続ける。彼 の人が歌っていたように、自分が聴いたように。
「歌に誘われて来てみれば、あなた様だったのです ね……セイカイ様」
 声をかけられ振り返ると、竪琴を携えたカシオスが 立っていた。
「ですが、解放軍のリーダー殿が唄う歌ではありません ね」
「カシオスはこの歌を知ってるの?」
「ええ。監獄歌ですね」
「かっ……」
 セイカイは閉口した。あまりに皮肉なタイトルだと 思った。
「処刑されるその瞬間まで唄われていたという逸話か ら、罪人歌とも呼ばれています。あとは死人の歌とか、あがき歌とか……」
「もういいよ……」
 ますます皮肉でシャレにならない。彼の人を思い、セ イカイはこめかみをおさえてうなだれた。その様子を見てカシオスは小さく笑う。
「でも、本当はそんな歌ではないのですよ」
「えっ?」
「歌には続きがありまして……」
 カシオスはおもむろに竪琴を構えて、静かに唄い始め た。

闇 を唄えば 失せるなり  花のかほりは失せるなり
闇に唄えば 失せるなり  血潮の色は失せるなり

闇を唄えば 尽きるなり  人の心は尽きるなり
闇に唄えば 尽きるなり  我が礎は尽きるなり

     ここで唄が転調した。

さ れど光は唄うなり  人知れずとも唄うなり
されど光は唄うなり  数知れずとも唄うなり

「……本当は許しの唄なのですよ」
「許し……?」
「はい。ですが許しと言っても、“罪を許す”の許すで はなく、“受け入れる”という許すです。貧しい者も裕福な者も、正しい者も悪しき者も、病の者も健やかなる者も、全て分け隔てなく平等に……という歌」
「受け入れる……」
「ですから、あなた様が歌われるのであれば、監獄歌な のではなく、許しの歌の方がよろしいかと」
「……そうだね……」
 そう答えながら考えていたのは、もちろん彼の人    首切り役人キルケのこと。
 彼が心の中にどんな闇を抱えているのかは分からな い。でも掴もうとすると消えてしまいそうな存在感はどうにかしたかった。
 キルケは解放軍のメンバーと一線を引いている。それ は確かだ。自分が首切り役人であることを気にしているに違いない。
 初めて会った時、なんてシニカルな物言いをする人だ ろうと思った。セイカイはキルケが首切り役人であることなど気にしなかったが……彼自身はいろいろと思うところがあるのかもしれない。
 それが彼に不吉な運命をもたらすことがないよう、セ イカイは心から願わずにはいられなかった。





 気付くと口ずさんでいた。
 何度も何度も耳にした歌。
 いつもいつも、気付くと口ずさんでいる。
 意味はない。意図もない。
 耳慣れた歌だから、自然と口から出てくるだけ。
 視界を閉ざすほどの朝もやの中、彼の声は低く、弱 く、響いていく。

闇を唄えば 失せるなり  花のかほりは失せるなり
闇に唄えば 失せるなり  血潮の色は失せるなり

 本当はこんな歌ではなかったような気がする。
 曲名も、監獄歌などという冷たい言葉は使われていな かったような気がする。
 だが思い出せない。
 「まぁ、別にいいか」と、彼はすぐに考えるのをやめ た。
 どうせ口ずさむことに意味も意図もない。

闇を唄えば 尽きるなり  人の心は尽きるなり
闇に唄えば 尽きるなる  我が礎は尽きるなり

 そしてリピート。
「闇を」

されど光は唄うなり  人知れずとも唄 うなり

 少年の歌が重なった。
 姿見えず、何処にいるかも分からなかったが、歌声だ けははっきりと聞こえた。

されど光は唄うなり  数知れずとも唄うなり

 ああ、そうだ……キルケは淡く笑みを浮かべた。
 許し歌。
 罪人のあがき歌などではなく、もと崇高な歌。
 少年は歌を繰り返している。
     ふと、キルケは空をあおいだ。
 霧がだんだんと晴れてきている。
「……なんてこった」
 すごいガキだ。変わってる奴だとは思っていたが、想 像以上のツワモノだ。
 キルケは笑い出した。笑わずにはいられなかった。
 霧の中、白く丸いシルエットが見え始める。間もなく 鮮やかな青空と鮮烈な太陽が姿を現すだろう。
 目から零れ落ちた涙が笑い過ぎのせいなのか、はたま た別の要因のせいなのか、キルケには分からなかったが、何故か妙に嬉しくて仕方なかったのだけは確かだった。



闇を唄えば失せるだろう

闇に唄えば尽きるだろう

だか光は唄い続ける
気付かれることは決してなくても



END

某ILフレンドから、いつか私のキルケ小説が読んでみたいとのありがたいお言 葉をいただき、
触発されて即興で書いた小説です。
今改めてパソ打ちしてたら、なんだかとても安直なネタだなぁと恥ずかしくなりましたが、
折角書いたのでアップ。

キルケは二番目に好きなキャラなので、
次はちゃんと構想を練って書きたいです。