悪意の象徴

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 見慣れぬメンバー。
 見慣れぬ行為。見慣れぬ、銀城のマーク。
 何があったのかは分からない。
 明らかなのは、何者かがシルバーキャッスルを変えてしまったこと。
 何者かが、白銀の名に泥を塗った。
 正々堂々を信条としていたはずのチームは、今やラフプレイの最先端。
 その陰に潜んでいるのは……人の、悪意。





「おいっ、マスクは大丈夫なのか!?」
 スタジアムから直接財団ビルのメンテナンスルームに運び込まれたゴールドマスクを指差し、ゴールドフットがメンテナンススタッフに食ってかかる。
 野球開幕戦でギャレットの突進をまともに受けたマスクは、それからずっと沈黙したままだ。そんな彼を長兄ゴールドアームが苦い顔で見下ろしている。
「お、落ち着いてゴールドフット。大丈夫だから」
 フットの剣幕に気圧されながら、チーフはなんとかなだめようとする。
「慣れない衝撃に、一時的に回路が封鎖されただけだから。ボディに損傷はないよ」
「そうなのか?」
 予想外の返答をされてフットは拍子抜けした。スタジアム付きのメンテルームではなく、財団ビルに直接搬送されたから、ただ事ではないと思っていたのだ。
「当然だ。アイアンソルジャーのたかがジェット攻撃に、ダークが誇るゴールドシリーズ最新型が簡単に潰されるものか」
 直接ビルに運んだのは、ダークキングスが帰る気満々だったからだ。二度手間にならぬよう、試合後のメンテナンス含め、まとめて済ませるつもりだったのだとチーフは説明する。
 それを聞いたフットは安堵のため息をつき……ふと我に返った。
「何? アイアンソルジャー!?」
「シルバーの新顔共はソルジャーなのか」
 アームがチーフに尋ねる。
「そう。UN社はソルジャー開発もしているからね。後ろにはユニバーサル商会がいる。以前のダークと同じことをシルバーでやろうとしているのさ」
 チーフは答え、鼻で笑った。
「ソルジャーはうちのお株でもあったんだ。ゴールドシリーズをなめるなっての」
 フットは舌打ちした。
「ソルジャー……ソルジャー、ソルジャー、ソルジャー!! いったい俺達ロボットをなんだと思ってやがるんだ!?」 
「兄貴うるさい……」
「なんだと!? ……あ」
 いつの間にかマスクが目を覚ましていた。
「大丈夫か、マスク」
 アームが声をかけると、マスクは「ああ」と静かに答える。
 フットは訝しげに弟の顔を覗き込んだ。普段のマスクと違い、態度が冷めている。兄達を一瞥すらしない。
「マスク?」
「……ずいぶん機嫌が悪そうだな」
 アームが苦笑いを浮かべて言う。するとマスクは「えっ?」と不思議そうな顔をした。
 だがすぐに一人納得して顔をしかめ、ため息をつく。
「……うん。たぶん、腹立ってんだろうな」
 それを聞いてフットは呆れた。
「なんだそりゃ。自分のことだろうが。そんな他人事みたいに」
「新シルバーのやり方にか?」
 アームが訊くと、マスクは微かに首を振る。
「それもあるけど……何よりも、あの程度の攻撃で沈んだ俺自身に」
「……そうか」
 それだけを言い、アームは淡く笑みを浮かべた。弟の思いが分かったから。
「次は大丈夫だよ。体が覚えたから」
 チーフの言葉を受けても、マスクの表情は厳しいままだ。
「体は関係ねぇよ」
 そう呟くマスクに、チーフは分かってるけどねと苦笑いを浮かべる。
「それにしても――実情を知ってから、よく関わるようになったな。アイアンソルジャー」
 感慨深げにアームが言う。
「そりゃそうさ。もともとアイアンリーグはソルジャー開発の一部門だったんだしね」
「そうなのかよ……!?」
 フットが驚きの声を上げた。そしてマスクは顔をしかめ、アームは無表情で静かに聞いている。
「まぁ、アイアンリーグに関わる全ての人間がそう考えていたわけではないけどね」
 純粋にアイアンリーガーを造ろうとしていた技術者もいたにはいた。しかしアイアンソルジャーの開発・売買は多額の金が動く。そちらを主流にしている企業に、リーガー開発を主とする工場が潰されているのが現状だ。
 結局、破格の費用をかけて開発されたソルジャー予備軍である優秀なリーガーがリーグに溢れ、最終的には以前のダークのように、アイアンソルジャー開発をする企業がリーグ全体を牛耳ることになる。それはつまり、アイアンリーグがアイアンソルジャー開発に利用されているということだ。
「俺達も元々はアイアンソルジャー転用を前提に造られてんだからな。気に入らねぇが……」
 フットは忌々しげに呟いた。
 しかし気に入らなくても、人々がアイアンソルジャーを求めたから、今自分達が存在している。それもよく分かっていた。
 宇宙の資源を確保するため、実力行使に出る人の欲。心を持つロボットを、ただの道具として使い捨てする人の業。そういった、心を無くした人の“悪意” が、アイアンソルジャーを造り出す。
 アイアンリーガーであろうとする時、しばしばその存在は枷となる。
 人は自分の所有物に鎖を付けたがる。人に造られたが故に押し付けられる理不尽な運命が、ロボット達から心と自由を奪うのだ。
 三人にとっては今更な話だ。強制引退の後、そのことを考えなかったわけがない。
 胸クソ悪くなる矛盾。人の悪意に感謝できるはずもなく……しかし事実は。
 考え、時に悩んだ。居場所がなく、明確な道もなかった時だ。必然とこれからのことを考えなければならなかった三人にとって、矛盾と向き合うことは決して避けられぬことだった。
「アイアンソルジャー化より無惨な最期を迎える奴も、世の中にはごまんといるが……どっちにしたって冗談じゃねぇやな」
 アームが言う。
 自分達は心を持っている。造られた経緯がどうであれ、そうそう人の“悪意”に振り回されるわけにはいかない。
 アイアンソルジャーは、言わば悪意の象徴。人の悪意に翻弄された三兄弟にとって、決して屈したくない“敵”なのである。体がどんな状況であろうとも、引くわけにはいかない時がある。己の志を貫くために、負けてはならぬ相手がいる。
「あんな奴等に……屈するわけには、いかねぇんだよ……!」
 悔しげにマスクは呻いた。堅く握り締められた彼の拳を、アームが強く掴む。
「ああ……分かっている。その通りだ」
 ロボット達の心と自由を守るために……そして何より、自分達がアイアンリーガーであるために、そう簡単に倒れるわけにはいかないのだ。
「次はこうはいかねぇ……奴等の思い通りにはさせねぇぜ!!」
 拳を握り締め、フットが吠えた。
「おう! シルバーに目にもの見せてやるぜ!」
 マスクも応える。
 アームが弟二人を見回し……兄弟三人顔を合わせ、力強くうなずき合った。





 全ての事象は繋がっている。延々と続くその連鎖をしばしば“因果”と呼ぶ。
 やがて気付くのだ。考えていてもキリがないと。
 そして悟る。
 大切なのは経緯などではなく、今、自分がどうしたいのか、どうすべきなのか、だということを。
 人間とロボットを切り離して考えることは決してできない。
 その中でロボット達は、自ら自分の道を模索する。



END
書きたいことがなかなか形にならず、何度も書いて書いて書き直した記憶があります。
いいな、と思ったフレーズほど、読み直してみると脱線の原因だったり。
そんな時はかなり凹みますね。
あーあ、もったいない……みたいな。
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