素晴らしい毎日

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 練習場のベンチにて。
「おいルリー、ちょっとこれ見てみろ」
 そう言って叔父が開いたままの新聞を寄越すので、ルリーはヒロシ達との会話を中断させて受け取った。
「何処?」
 小さな文字の羅列に眩暈を覚えながらざっと眺めるも、見当も付かない。
「あっ、これじゃないですか?」
 横から覗き込んでいたトッポが新聞の広告欄を指差した。
「あぁ、それだ」
 叔父もうなずいて肯定する。
「ん!?」
 目を向けたルリーは途端に新聞を顔に寄せてまじまじと見てしまった。ざっと見では全く気付かなかったその広告、しかし気付いてみればとても強烈だった。

『あのダークスワンがエース:フラッシュキッドの写真集が発売!!』

「うっそ」
 ヒロシが唖然として呟く。
「そうなのかぁ?」
 とはベズベズだ。
「確かにフラッシュキッドはカッコイイもんなぁ」
 とゲルズがうんうんうなずきながら言う。
「フラッシュキッドは元々人気のあるリーガーでしたし、フェアプレイに目覚めてからは更に女性ファンが多く付いたそうですよ」
 トッポが人差し指を立てて説明する。
「……」
 確かにカッコイイのだ。新聞広告用に加工された小さな白黒写真だけでも、十二分に。ルリーは釘付けになったまま動けなかった。ほ、欲しいかも。
「欲しいけど、でも高いね」
 とマリコががっかりしたような声で言う。確かに子供には高かろう。しかし。
「私は出せないことない、けど……でもなぁ」
 ライバルリーガーの写真集にほいほい手を出すのもなんだかプライドが許せない、気もしないでもなくてお金がもったいないような。
 あぁ、でもやっぱりカッコイイ。
「悩んでるのか、ルリー」
「正直」
 叔父の苦笑交じりの問いに渋々うなずく。
「ふむ」
 すると叔父が顎に手を当てて考えるような仕草を見せた。
「そういえばさっきダークスワンからデカい封筒が届いてたんだよなぁ」
「は!?」
 ルリーを含めた子供達の目線がシルバーキャッスルの監督に集まる。
「いや、練習終わったら開けようと思って部屋に放置し」
「持ってきて!!!」
「あ、あぁ。分かった」
 何故それを早く言わない!! ルリーはすぐに喰い付いた。気圧されたらしい叔父はしどろもどろに答えながら、のっそりと練習場を出ていった。
「写真集かぁ」
 ふとそう呟いてルリーは野球の練習に勤しんでいるマグナムエース達に目を向ける。
「……また金儲けのこと考えてるの?」
 目を座らせてヒロシが言う。見ればマリコ達も同様の顔をしていた。
「あはははは」
 誤魔化すように笑うルリー。子供達は何やらやけに大人びたため息をそろってついた。
 実はルリー、ワールドツアーで優勝し、一躍時のチームとなったことで舞い込んできたあらゆるジャンルの仕事を片っ端から引き受けていた時期があったのだ。注目されて有頂天になっていたのもあるし、金に目が眩んでいたのも事実。だがスポーツが本分のリーガー達からすればたまったものではなく、ある日とうとうリュウケンがボイコットしたことでルリーはやっと彼等の心境に気付き、目を覚ましたのだった。
「冗談よ。さすがに懲りたもの」
 そう言ってルリーは苦笑いを浮かべた。悲しそうなリュウケンの表情は未だに思い出しただけでも胸がちくりと痛む。
「……それに、どうせやるならウインディでしょ」
「それは言える」
 先ほどの大人びたため息は何処へやら、子供達も即同意する。何せマッハウインディはシルバーキャッスルきってのスターリーガーだったのだ。まぁ、ウインディはもういないので、冗談で終わる話なのだが。
「でも、スナップ写真を一冊の本にまとめるってのは、ちょっと憧れるかな」
 シルバーの皆のいろんな表情を集めた写真集。これなら応援してくれるファンへのサービスにもなって、スポーツチームの本分からは外れまい。それにいい思い出にもなりそうだ。
「じゃぁ、やってみりゃいいじゃん」
 ヒロシがそれは名案だとばかりに浮かれた声を出す。しかしルリーは首を振った。
「商品にする以上、ただ写真を撮ればいいってものじゃないわ。やっぱりそこには慣れたセンスが必要だと思うの。素人がいきなりやってもいい写真は撮れないわよ。かといってプロに頼めば、皆緊張しちゃって普段の姿なんて見せられないだろうし」
「そうなのかぁ……」
 とベズベズ。他の子も意気消沈した表情だ。
「まぁ、機会があればいずれ、ね」
 それまで願いは頭の片隅に置いておこう。
 写真集の話はそこで終わり、ルリーはなんとなく練習しているマグナム達の表情に目を向けた。
 皆、真剣な目付きだが、何処か楽しそうでもある。望むスポーツを精一杯やれるというのは、彼等にとってやはり喜ばしいことなのだろう。
 そんな姿は素敵だと思う。そしてそんな素敵な姿を切り取りたくなる。
 動画撮影の技術がどんなに進歩しても写真が廃れることはないのは、きっとそういう欲求が根強く人の中に存在し、支えているからなのかもしれない。動画では表せない刹那の世界は、光景を/事象を/思い出を、時に生命を宿し/時に芸術的に/時に残酷なまでに無機質に、際立たせてくれる。憧れたって誰が咎められようか。
 ――それはさておき。ルリーは戻ってきた叔父に目を向けた。子供達も待ってましたとばかりに注目している。
「ほら、これだ」
 そう言って手渡されたのはB4サイズの封筒である。厚さといい重さといい、期待通りの代物が入ってそうだ。
「ね、ね、早く開けてよ」
 差出人を見てにまにましているルリーをマリコが急かす。
「はいはい」
 ルリーは一緒に渡されたカッターで封を開けた。透明なビニール袋に保護された状態で望みの写真集が入っていた。それと表紙を隠すようにしてA4サイズの便箋が一枚。そこには大きく『なんでかこういう物を出すことになったので、良かったら。フラッシュキッド』と書いてある。アイアンリーガーの手では仕方のない文字の大きさか。ルリーはおかしくなってくすりと笑った。
 それから早速写真集を出すと、表紙が完全にお目見えしたところで子供達がおぉと歓声をあげた。それもそのはず、新聞の広告欄に乗っていた写真ではあったものの、広告用に加工された写真と違って本物は比べようがないほど圧倒的にカッコ良かったのだ。B4サイズにドドンとフラッシュキッドのキメ顔。切れ長の目と不適な笑みがクールに読者を射抜いている。
 悔しいけど、カッコイイわ! ルリーは内心でうっとりとため息をついた。だから写真とは恐ろしい。こんな一瞬を半永久的に残せるなんていやらしいったらない。……もちろん褒めている。
 表紙をめくると遊び紙にフラッシュキッドの直筆サインが書かれていた。親愛の証だろう、これはこれは大事にしなければならない貴重な一品である。ありがたいことだ。
 ページをめくるたびにクールかつスタイリッシュなフラッシュキッドがそこにいる。その堂々たる姿はモデル顔負けなんじゃなかろうか。さすがスターリーガーは違う。
 写真集の後半になると練習中や試合中のスナップ写真が並び、更には日常生活の飾らない彼の姿も載っていて、ファンにはたまらない一冊となっていた。というか、ファンじゃなくてもこれは欲しいと思うはず。実際私がそうだし!
「写真、いいなぁ」
 思わずルリーは呟く。こうしてあらゆる角度から生き生きとした姿を残せるなら、シルバーの皆も写真で撮りたいものだ。
「撮りたいのか?」
 叔父が尋ねる。
「うん。私、ミーハーで飽きっぽいから、いつまで続くか分からないけど」
 苦笑いを浮かべながら答えた。
「やってみたらいいさ。たまに使うデジカメあっただろ」
「うん」
 商品化はともかく、やってみる価値はあると思った。折角の皆との毎日だもの。



END
むしろ私が欲しいよフラッシュキッド写真集!
そしてフラッシュキッド写真集を出したいがためだけに考えた小説でした(爆)
ちなみにリュウケンお仕事ボイコット事件は某アニメ雑誌で連載していた小説から。
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