真に呪いの解ける時

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 何故蘇ったのか分からない。
 もはや奇跡としか言いようがない。
 友の名を呟き、太陽を仰ぐ。
 史上最悪の凶器だったはずの光はもう、彼の体を蝕むことはなかった。
 鮮烈な姿から穏やかに降り注ぐ陽光、こんなに心地良いものだったのかと知る。
 明るい。眩しいくらいに。これが、光。
 嬉しくて嬉しくて。
 沈むまで眺めていた。
 空気がどんどん冷えていく。
 闇が空を侵食する。
 しかし、もうあの忌まわしい衝動は湧いてこなかった。
 満天の星空に浮かぶ月、辺りを淡く包む月光、美しいと知る。
 夜は狂気を呼び覚ますものではなくなった。
 見上げ、太陽を待つ。
 再び昇る昼の王。
 幻ではないと実感した。
 造られて以来ずっと彼を支配していた呪いは、消え失せたのだ。
 心が震えるほどの喜びを覚え、彼は駆け出した。
 風の如く森を抜け――
 彼は知る。

 本当に呪われていたのは、町の住人だったのだと。

 アルカードの姿を見た住人は恐怖した。
 滅んだはずじゃなかったのか。
 確か旅のなんとかってのが退治したって。
 嘘だったのか?
 でもこの前城内を確認したら何もなかったぞ。
 じゃぁ、あれは何?
 アルカードはすぐに城へと駆け戻った。門に鍵をかけ、閉じこもる。
 呪われていたのは自分ではなく、町の住人で、しかもそれは解かれてはいないのだ。
 当然である。何年もの間、夜を脅かしていたのだから。
 喜びは罪悪感に変わる。自分は、蘇っていい存在ではなかったのだ。
 しかし、消えることへの恐怖が彼を苛む。
 真に生を受けた。友に再び会える。
 だが住民達は再び夜に怯える生活を強いられることになる。
 どうすればいい?
 彼は生きる術を持たない。生きる術を知らない。
 この地を離れても行き場がない。行ける場所を知らない。
 身を裂くような渇きはもうないのに、他者を手にかけるのはもう沢山だ。
 途方に暮れ、彼は窓から空を見上げる。自由を求める鳥籠の鳥のように。
 太陽が沈み、月が再び輝きを得る。
 無意味に時が過ぎてゆく。
 ――ふと、子供の声を拾った。
 城の外だ。
 どうやら吸血鬼リーガーが本当に復活したのか確かめに来たらしい。
 子供の好奇心は恐怖を陵駕する。恐怖を捨てた子供は、危機管理能力を失う。
 本当にいるのかな。
 いたらどうするのさ。
 相手はリーガーだぞ。
 人間には手ぇ出さないよ。
 でも隣の家のおじいちゃん、足を失ったって。
 おい、今そこの窓に――





 獣の唸り声に子供達は我に返って周囲を見回した。
「野犬だ!!」
 野犬五匹が低く唸りをあげ、体勢を下げて子供達を伺っている。獲物と認識しているようだ。
 相対するのは十歳くらいの少年少女四人。非力な彼等の分が悪いのは明らかである。囲まれていて逃げることもできない。もっとも逃げる隙があったとて、人間の足で離脱は無理、途中で追いつかれるに決まっているのだが。
 野犬達は少しずつ囲いを狭めてゆく。松明を持っていた子供が野犬の方へ突き出して威嚇するが、意味をなさず。
 野犬が更に体を低くした。今まさに飛びかからんとしているのだ。なす術を持たぬ子供達は身を寄せ合い、最悪の状況を怯えた表情で待つばかり。
 ところが。
「!」
 赤い影が子供達の前に立った。アルカードだ。
 彼は野犬達を見回し、低い声で告げた。
「立ち去れ」
 狼に次ぐ力を持つ野犬達といえど、突然現れた鋼鉄の体と能力には到底足下にも及ばない。野生の勘で太刀打ちできないと悟った野犬達は少しずつ後退を始め、優れた瞬発力で走り去った。
「……」
 子供達は新たに現れた脅威に動けないでいた。しかし怯えた眼差しに微かな期待が見え隠れしてもいる。アルカードは野犬を追い払ってくれたのだ。もしかしたら敵じゃないかもしれない。
「……何故、こんな時間にここへ来た」
「え」
 アルカードの問いに少年達はきょとんした。
「大人達から禁止されていなかったのか」
 更に問われて、やっとリーダー格の少年が口を開く。しかし出てきた言葉は戸惑いだけだった。
「それは、そうだけど」
「町の近くまで送る。再び襲われたくなければ、二度とこのような危険なことはするな」
 子供達の返事を聞かず、アルカードは歩き始めた。子供達は互いに顔を見合わせていたが、アルカードとの距離が開くにつれて野犬に襲われた恐怖を思い出し、慌てて跡を追った。
 歩きながら一人が勇気を出してアルカードに尋ねる。
「ねぇ、夜なのにリーガー襲わないの?」
「……必要なくなった」
「どうして?」
「分からん」
 会話が成り立つことが分かり、子供達はアルカードに次々と質問をぶつけ始めた。
「一緒にいた仲間は?」
「もういない」
「貴方は人も襲うの?」
「襲わない。襲う理由がない」
「でも隣りのじいちゃんが足をなくしたって」
「記憶にはないが、逃げ送れたか好奇心で出てきて、我々の徘徊の巻き添えを食ったのかもしれん」
「じゃぁ、僕達に何もしない?」
「する理由がない」
「どうして助けてくれたの?」
 アルカードは足を止めた。どうしたのかと子供達がアルカードを見上げる。
 しばしの間の後にアルカードは答えた。
「……分からない。ただ、放っておけなかった」
 そして森の先を指差す。木々の隙間から僅かに灯りが見えた。松明の炎である。危険すぎる探検に出た子供達を大人達が捜しているのだ。やがて子供達の耳に呼び声が聞こえるようになる。
「行け。大人達が待っている」
 アルカードは子供達に告げた。しかし子供達はすぐには動かなかった。
「悪いリーガーじゃ、ないんだね?」
 リーダー格の少年が尋ねる。
「さぁ、どうだろうな」
 沈黙と共に、少しだけ少年とアルカードが視線を交わす。
 やがて少年は深く頭を下げた。
「助けてくれてありがとう」
 そして彼は他の子供達を促して大人達の下へと走り出した。促された三人も各々アルカードに軽く頭を下げていく。
「……」
 離れてゆく小さな背中を見送りながら、アルカードは考えた。
 子供達を助けた理由――それは贖罪のつもりかもしれなかった。
 もしくは、以前の自分を払拭したかったか。
 どちらにしろ、己のそんな気持ちを人間に伝える機会はなく、たとえあったとしても、かつて積み重ねてきた悪行を考えれば、理解してもらうなど到底無理な話だろう。
 アルカードは暗視センサーで子供達が大人達と合流したのを確認し、城へと引き返した。これからどうすればいいのかという問題の答はもちろん出ていない。



 大人の一喝が森に響き渡った。野生の鳥が驚いて飛び立つ。
 子供達は神妙にごめんなさいと謝った。だが、闇の森も、襲ってきた野犬も、怒りの形相の大人達も怖かったものの、それでも余りある知らせを手に入れることができたので、内心浮かれてもいた。
 あの吸血鬼リーガーはもう悪いことをしない。もしかしたら友達になれるかもしれない。これほど喜ばしいことはないだろう。大人達もよくやったと褒めてくれるかもしれない。
 早速リーダーの少年はアルカードから聞いたことを話した。
「……」
 ところが、大人達は険しい表情で顔を見合わせたではないか。不穏な気配が漂う。子供達はだんだん不安な気持ちになっていった。いったいどうしたというのだろう――
「今なら俺達で退治できるんじゃないか?」
 退治、だって?
「リーガーにも来てもらっているしな」
「武器もいくつかある」
 応えるようにリーガー達もうなずいて言う。
「ちょっと、ちょっと待ってよ!」
 たまらず少年は叫んだ。
「なんで退治するんだよ。彼はもう悪いリーガーじゃないよ!」
 しかし大人達は取り合わない。
「やっと平穏な生活を送れると思っていたのに、また不安に苛まれるのはゴメンだぜ」
「だからもう、彼は何もしないよ!」
「信用できるものか!! 今までどれだけ我々の夜が脅かされてきたと思ってるだ!」
「ッ!」
 感情的に怒鳴られ、子供達は思わず首をすくめた。我に返った大人はコホンと咳払いをして身を正す。
「……まだ幼いお前達には分からないだろうがな、我々大人やリーガー達の身には染み付いてるんだ……恐怖が。お前達、『もう何もしない』言う連続殺人犯を放っておけるか?」
「それは」
「いいか、リーガーは物語のキャラクターじゃない。俺達の隣人なんだ。子供相手にこういう言い方もなんだが、もう少し現実的に考えろ」
 少年は何も言えなかった。アルカードや被害者を人間に置き換える発想など全くなかった。
 リーガーも人間と等しい心を持っているのだ。言われてみれば、アルカードが存在していては不安だという大人の言い分も理解できなくはない。
「奴に犯した罪を悔いる心があるのなら、責任持って償ってもらおうじゃないか」
 そう言い置き、大人達とリーガー達は、子供の付き添いのために二名だけを残してストーカー城へと向かっていった。
「……」
 言いくるめられ、黙って眺めているしかない子供達。
 ……しかし、心の中では釈然としない思いが渦巻いている。さぁ戻るぞと大人に促されても、その場を動けない。
 確かに、確かに大人の言っていることは分かる。不安も分かる。でも、違うような気がする。何がと言われても分からないが、とにかく違う。
 止めなくちゃ。しかし、子供四人で何ができる?
 再び帰宅を促す大人の声。最初より険しくなっている。大人の怒声は怖い。不思議な強制力がある。納得できなくても、従わせる力だ。もしかしたら、大人の保護なしに生きていけないという本能から、子供は仕方なく従ってしまうのではないだろうか。
 その力に負け、ストーカー城の方向に背を向ける。しかし葛藤は続く。
 いいのかこれで、本当に。歩き出す。躊躇いは消えない。行かなくちゃ。しかし子供四人で何ができる? でも、納得できない。大人達の言い分を理解したくない。
 彼は……彼の目は、あんなに哀しそうだったのに!!
 思い出した途端、少年は決意した。踵を返し、走り出す!
「あッ、おい!!」
 大人の静止を振り切り、全速力で走った。大人の一人が追いかけようと駆け出す。
「はい、パス!」
 松明を持っていた子供が、残った大人に至近距離からそれを放り投げた。落としたら大火事になると咄嗟に判断した大人は慌ててそれを受け取る。その隙に三人の子供も少年を追いかけて走った。
 少年を追いかけた大人が三人に気付き、仕方なく足止めのために立ち止まる。しかし二兎追う者は一兎も得ず、相手が三兎なら尚更、意識が分散して最終的には結局四人共行かせる結果になってしまった。それでも諦めずに追いかけたのは、やはり大人としての責任があったからか。
 子供達だけで森の中を行かせてはならない。
 そして、ロボット退治の凄惨な現場を子供達に見せてはならない。
 しかしそんな思いなど知ったことではないとでも言うように、子供達はやんちゃ故の体力で大人達の前を走り続けた。



 何本もの松明で明るくなった中に並んだのは、バズーカ砲やパラライザー、ビームガン。
 その銃口を前に、アルカードは悲しさの中で安堵感を覚えてもいた。
 これで、心を苛む罪悪感は消える。住民達の呪いも解ける。本来ならば失われていた“命”、今更惜しむものでもないはずだ。己の罪を考えれば、尚のこと。
 蘇ったのは不具合なのである。不具合は、正さなければならぬ。……浮かんだ名前は、心の底に封じ込めた。
「さらば、亡霊」
 死刑を宣告する人間の声が、風のようだった。
 さらばだ――
「ダメーッ!!」
「!?」
 子供の声が響き、少年が銃口の前に躍り出た。あと一瞬遅かったら、アルカードもろとも砲火の餌食になっていた危険なタイミングだった。
「お前!」
 大人達が色めき立つ。
「ダメだよ! 破壊しちゃダメだ!」
 アルカードを庇うように立ち、叫ぶ。少し送れて三人の子供も同じように立ちはだかった。
「そこをどけ!」
 感情露に大人が怒鳴る。しかし子供達は動かない。怯むことなく睨み返した。
「嫌だ!! 絶対にどかない!」
「何故、庇う」
 戸惑いながらアルカードは問うた。今まで散々生活を脅かしてきた吸血鬼リーガーを、何故こうも必死に庇うのか、彼には全く理解できなかった。
「だって、アンタはもう悪いリーガーじゃない」
 全く疑いの心なく、少年は断言した。
「そういう問題じゃないと言っただろうが!!」
「でも、こんなの間違ってる!!」
 怒鳴る大人に負けじと怒鳴る少年。
「どう間違ってるって言うんだ!?」
「分からないよ! 分からないけど、絶対こんなのはダメだ!」
「子供の幼い考えで町を脅かすな! 早くそこをどけ!」
「イヤだ!!」
「吸血鬼リーガーにやられるぞ!」
「彼はそんなことしない!」
「……」
 不毛な応酬が繰り広げられている。アルカードにはどうしたらいいか分からなかった。身を呈して庇う少年に反して自分が身を差し出せば、彼を砲火に巻き込みかねない。かといって自分が抵抗すれば、脆弱な人間達はただでは済まないだろう。この場から逃げ出したとしても、生きていく術がない。人間達の応酬のように、己の立場も不毛であった。
 子供と大人が膠着状態になる。重苦しい沈黙と睨み合いがしばし続いた。
 それを破ったのは、全く別の声。
「手分けして捜している間に、随分物騒なことになってるじゃねぇか」
 そう言いながら人間達の後ろから現れたのは、三体のアイアンリーガーだ。G3という揃いのシンボルを身に付けた、野球とサッカーのリーガーである。
 ゴールド三兄弟だった。町に偶然訪れていた彼等は、住人から頼まれて子供達の捜索に手を貸していた。
「一体どうなってるんだ?」
 そう尋ねるのはアームだ。
「復活した吸血鬼リーガーを退治したいんだが、子供達が我侭を言ってな」
 苦い顔をして大人が答える。
「破壊するつもりなのかよ」
 刺のこもった声でマスクが訊いた。三兄弟は露骨に顔をしかめていた。
「そりゃそうさ。危険な奴を放ってはおけない」
「彼はもう危険じゃない!」
 咄嗟に少年が改めて抗議した。
「だそうだが?」
 とフット。だが大人は首を振った。
「信用できるか? 俺達がどれだけ奴に脅かされてきたか、余所者のアンタ達には分かるまい」
「まぁ、確かに」
 それは認めるとアームはうなずく。
「だろ? 連続殺人犯みたいな奴に側にいられて安心できる奴なんて、いやしない」
 同意を得て満足そうに大人は言った。
 少年達は内心落胆した。もしかしたらこの三体のリーガーがどうにかしてくれるかもしれないと期待したのだが、結局先程の自分達と同じように丸め込まれてしまった。
 ――ところが。
「でも、アンタ達は司法官じゃないだろ」
 とマスク。大人も子供も揃って驚いた顔をした。三体のリーガーは丸め込まれたのではなかった。
「それとも、この国では一般人も他人を裁いていいってことになってるのか?」
 更にアームが追及を重ねる。
「アンタ等が俺達ロボットを人間と同じように扱ってくれるのは嬉しいが、中途半端なマネは良くねぇな。アンタ等、相手が人間だったら、そうやって殺そうと武器を振りかざせんのか」
「それは」
 大人が口篭もる。さすがにいくら重罪者でも、人間を直接手にかけるには抵抗がある。それが治安の恩恵を受けている人の心理だ。
 アームは軽く息をついた。
「……まぁ、ロボットと人間の違いに関しては置いておこう。どうしても人間と扱いが変わってしまうのは仕方のないことだ。大概、何処の国でもロボットは法律上、物だしな」
 壊されても、少々重い器物損壊罪の類に問うのが関の山である。ロボットの扱い方は人間個々人の倫理観に任されているのが実状なのだ。
「それに所詮、詭弁だろ」
 フットの言葉に大人達が顔を赤くした。
「なんだと!」
「フット」
 すかさずアームが次弟の攻撃的な言葉を咎める。しかしフットは引き下がらない。
「だってそうじゃねぇか。人間に例えればガキ共に分かりやすいからな。本来なら兄貴の言った通り、ロボットと人間を同等に扱うのには無理があるってもんだ」
 ――哀しいことではあるけれど。
「ならば尚更! 俺達人間のようなか弱い生き物にゃぁ、アルカードのようなリーガーは脅威だぞ!」
 絶大な破壊力を誇る鋼鉄のロボット相手に、生身の人間はなす術もない。
「そのリーガーを造ったのは人間だけどな」
 とフット。
「我々とストーカー伯爵を一緒にするな!!」
「それはもっともだな。人間にもいろいろな者がいる」
 アームが同意した。ダークのような人間もいれば、シルバーキャッスルのような人間もいる。それは事実なので否定しない。
 しかしフットは鼻で笑った。
「俺からすれば、相手のプログラムを利用してリーガーを“殺そう”としてるてめぇ等も、同じに見えるけどな」
「どういう意味だ」
 大人が低い声で訊き返す。アームが諦めて小さくにため息をついたのには気付かないふりをして、フットは大人達と共にいるリーガーを指差した。
「今てめぇの隣にいるリーガーに破壊活動するようプログラムしてみな。それだけで暴走リーガーの出来上がりだ」
 大人達の視線が側にいるリーガー達に向けられた。リーガー達は敵意の標的が自分に移った錯覚に陥り、慌てて顔の前で否定するように手を振る。
「プログラムが絶対とは言わねぇが、それでも多大な影響力を持ってるんだぜ。そういう風に造られて駆動炉を握られ、何年も破壊行動を強いられてきたアイツの気持ちが、アンタ等人間に解るのかよ?」
 とマスク。
「気持ち?」大人は鼻で笑った。「奴に心などあるものか」
「あるよ!!」
 子供達が叫ぶ。
「あったから彼は僕達を助けてくれたんだ! それに」
 目に涙を浮かべ、少年は悲痛な声で言った。
「彼の目はとても悲しそうなんだから!!」
「……」
 それを聞いてアルカードは目を閉じた。感情を表すように設計されていない彼の顔からは、気持ちを読み取りにくい。しかしそれでも三兄弟は、彼が少年の言葉に感慨を覚えたのだと気付いた。
 ――そう、吸血鬼リーガーは心を持っているのだ。
「子供の目を節穴と思うなよ。ないと、何故断言できんだよ?」
 マスクが問う。
「そりゃ、あんだけ悪行を重ねられたんだ、まっとうな心なんぞあるかよ」
「駆動炉を握られ、プログラムに強いられて何年も同じこと続けてりゃぁ、心も停滞するだろ」
 大人は鼻で笑った。
「それで、停滞した奴の気持ちを察しろとか言うのか」
 停滞している心に察するべき気持ちはない。
 だが。
「それも含めて気持ち、だ」
 停滞するには気持ちが必要である。
「それに察しろってんじゃない。アンタ達の価値観だけで状況を判断するなって言ってんだ」
「じゃぁ、どうしろって言うんだ!!」
「チャンスを」
 アームが言った。
「何?」
「アイツと同じリーガーの俺から頼む。一度でいい、チャンスをやってくれ」
「僕からもお願いします!!」
 少年が言った。土下座し、地面に額を付けてまでして。他の子供もそれに倣う。
「一度でいいです! それで駄目なら、もう何も言わないから!」
 だが子供達は一度のチャンスで充分だと信じて疑っていない。
 やがて。
「……俺からも、お願いします」
 退治組のリーガーが言い出した。他のリーガー達もうなずいている。
「プログラムからなるリーガー同士、他人事にできない」
「お前達……!」
 大人達は狼狽した。人間だけではアルカードと戦うに力不足なのだ。
「うぅむ」
 しばし思案しながら辺りを見回し……そして最後にアルカードに目を止める。
「……」
 アルカードは子供達の前に出た。
「あ!」
 驚いて少年が彼を引き止めようとする。アルカードはそれを手で制し、おもむろに地面に膝を着いたかと思うと――なんと、子供達のように土下座をしたではないか!
 大人達もさすがに面を喰らった。
「我々がしたことは許されることではないと重々承知している。貴殿等が望むなら、この身を差し出すことも考えた。しかし、俺に生きろと言ってくれる者もいる。正直、貴殿等の呪いを完全に解くには、もはやどうしたらいいのか分からない」
「!」
 呪いを解く、という言葉に大人達は息を呑んだ。呪いを解くということは、かけた者がいるということだ。
「……」
 それは誰か――最初に浮かんだのは、驚いたことに吸血鬼リーガーの名ではなかった。
「朽ちたはずの俺が何故蘇ってしまったのか、俺自身分からない。だが、機会をもらえるならば……生きて罪を背負いながら、貴殿等の呪いを解くために尽力したい。それが、呪いから解放され、蘇った俺のなすべきことだと思うのだ」
 ――ゴールド三兄弟は笑顔で顔を見合わせた。場の雰囲気が、答を示していたから。



 許されたわけではない。ただ猶予を与えられただけ。最終的に大人達がどう決断を下すのかは、これからのアルカードにかかっている。
 だが、今はそれで充分だった。子供達は大いに喜んだ。人間達の去り際、子供達は笑顔で手を振り、アルカードも手を上げて応えた。かつては考えもしなかった光景である。
 ゴールド三兄弟だけがその場に残った。
「良かったな、アルカード」
 笑顔でマスクが言う。
「感謝する。貴殿等が現れなければ、人間達は仲間同士でいつまでも不毛な争いをしていた」
「心配するのはそっちかよ」
 フットは苦笑した。だが、それが今のアルカードの本質なのだろう。
「だが、何故俺を庇ってくれたのだ?」
 相手は何年もの間ロボット達に手をかけてきた吸血鬼リーガーである。普通なら町の住人と同じ反応をするはずだ。
「同じリーガー同士、仲間だからさ」
 マスクが笑顔のまま答えた。しかしアルカードは理解できない。
「それだけの理由で、俺を信用するというのか」
 いくら子供達が既に庇っていたとはいえ。
 しかし。
「信用とかってのはどうだっていいんだよ」
 フットが答えた。
「たとえアンタが根っからの吸血鬼リーガーであっても、破壊させたくはなかった」
 アームが言う。
「……」
 アルカードはふと友を思い出した。そういえば彼も、アルカードを排除するという考えが全くなかった。
「そういう、ものなのか」
 それが外の世界での一般的な考え方なのだろうか。
 しかしアームは苦笑いを浮かべて肩をすくめる。
「俺達は、そうあるべきだと思ってる」
 つまりそういう考え方は一般的ではなく、今はまだ願望でしかないということだ。
「そうか……」
 ゆえにアルカードは、友の心がとても尊いものであったことを改めて思い知った。実現できるかどうか分からぬ願望に従って行動を起こす難しさは、ストーカー伯爵の呪いに屈するしかなかった自分が取り分けよく解っている。
「いいか、アルカード」
 アームは挑発的な笑みで呼びかけた。
「分かってるだろうが、俺達はただアンタを助けたワケじゃねぇからな」
 アルカードはうなずいた。
「解っている」
 受けた恩を、心を、今度は自分が返す番だ。友や目の前の三体のリーガーだけではなく、町に、そして世界に――
「ま、本当は全く心配してないんだけどな」
 アルカードの様子に満足したマスクが言った。何か大事なことを白状するような言い方である。
「何故だ?」
 やはり信用していたのではないか。見ず知らずの吸血鬼リーガーを。……三兄弟が何やら意味深な笑みを浮かべているのはどういうことだろう?
「正直に言えば、信用してんのはアンタじゃなくて、俺達の友だな」
 アームが答えた。
「貴殿等の友……?」
「あぁ。アンタが俺達の友と会っていたから、大丈夫だと思ったんだ」
「……!」
 その瞬間、アルカードは全身のオイルが沸き立つのが分かった。まさか。
「話は聞いていた。復活していたのには驚いたけどな」
「奴が知ったら喜ぶぜ」
 フットが笑顔で言う。
「ッ!」
 そうだ、やはりそうだ! アルカードは拳を握り締めた。心の中で急激に何かが膨らんで溢れてくる。
 因果が好ましい形で自分と繋がっている感覚に、叫び出したくなる衝動に似た、満ち足りた気分になった。全身の回路が熱くて熱くて仕方がない。
 彼はその感情の名前こそ知らなかったが、万謝の思いで一杯だった。罪深き自分が、まさかこんな感情を抱く日が来ようとは。
 それを、赦されるというのか、この俺が。
「生きなきゃ駄目だぜ、アルカード」
 マスクが言った。
「……」
 あぁ、そうだ。生きなければ。
 生きて、全身全霊を以って、報いなければならぬ。
 アルカードはうなずいた。
「本当に、感謝する――」



 後に彼は“救う”仕事を始める。それが、自分で考えて決めた生き方だった。



END
実はサイト開設前に書き始めた小説でした。
それが途中で頓挫して、やっと復活。……多いな、このパターン(笑)
冒頭の詩的文章は当初からの仕様です。
今考えるとちょっと不自然に見えるんですが、結構テンポいいし、使う言葉も私にしては上々なので、折角だからそのまま活用。

ちなみに、アルカードが造られたのは20〜25年くらい前と勝手に想像して書きました。
ボディデザインが旧式リーガーから現在のリーガーに変わったのは、ダイク・ダイソンの話から推測するに、おそらく20年くらい前でしょう。
某設定資料集では新タイプが出回ったのは10年前くらいからとなってますけど、納得できないので無視(笑)
で、アルカードのデザインを見るに、とてもじゃないけど新型じゃないし、かといって旧型でもなさそうなので、だいたい20〜25年くらい前が妥当かな、と。
40代の人間(エディ監督)が「昔」と語るにもちょうどいいと思います。

それにしてもアルカード復活って、ILの中で一番の超常現象ですよね(笑)
あの奇跡の原理が知りたいよ。
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