闇の終わりに思うこと

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 闇の終わりに思う。



 強制的に通信を絶たれ、ナッカラー達はやっと事態を飲み込んだ。
 闇の貴公子に見捨てられたのだ。今までのルール通りに。一切の例外もなく。そしてそれが何を意味するのか、疑いようもなく明らかだった。
 そう、負けた彼らに待っているのは破滅である。
 ヘクトパスカル島のテストプレイで追い込んだはぐれリーガー達のように、超電磁ハリケーン『ヘクト』で破壊される。エネルギー切れで身動きが取れず、このままこの場所でもがきながら、その時を待つほかない。
 惨めに。無残に。
 強者の拳の礎になるのでもなく。
 とんだ置き土産を残していったものである。奴は己の手を汚さずに、最も屈辱的な方法でナッカラー達を追い詰めたのだから。
 そんな奴が格闘リーガーを名乗るなど、おこがましいにもほどがある。ボクの空手は正々堂々戦うためにある? これの何処が正々堂々だというのだ。何も解っていない。
 ゆえに、ナッカラーは立ち上がった。部下達の僅かに残ったエネルギーをかき集めて。部下達は素直にエネルギーを差し出した。何もできずヘクトに巻き込まれて終わるよりは、怒りと生への欲求をナッカラーに託した方が、多少プライドが慰められると思ったからだ。



 ――しかし、やはりと言うか、全く足りなかった。どんどん速度が落ちていき、視界にノイズが生じて進むのもままならなくなってくる。
 シルバーキャッスルとはどれほど距離が空いているだろうか。追いつかなければ。追いついて、あの空手リーガーに一矢報いなければ……もはやナッカラーの足を動かしているのは怒りとプライドという執念だけだ。
 しかしそれも長くはもたなかった。やがて彼は膝をつき、地面に突っ伏した。それでも動こうともがく。動け。立ち上がれ。動かない。畜生、動け。指先が地面を引っ掻く。全身の関節が唸るものの、動くことは叶わない。もはやエネルギーはぼやけた思考を辛うじて維持する程度だ。畜生、動け、動きやがれ……!
 その時遠くから車の駆動音が聞こえてきた。それはだんだん近くなる。近くなって、ナッカラーの側で止まった。目を向けると、リカルドだ。リカルド=銀城が車から降りて近づいてくる。
「大丈夫か、ナッカラー」
「……リカ……ル、ド……」
「よくここまで頑張ったな」
「何故……貴様が……逃げ、出し……て……」
「そうじゃない。お前を回収しに来たんだ」
「回……収……」
 まだ、見捨てられていなかった。何に? 運命にだ!
「補給を……奴を……」
「リュウケンを追うのか」
「破壊、される……前に、一発……」
「まだ勝負は決まってないか」
「奴は……格闘リーガー、の、誇り……を……傷付け、た……自分の手は、汚さず……惨めに……無残に……強者の礎にさせる、のでも、なく……俺達を、葬ろうとした……!」
 それを聞いてリカルドは苦笑したようだった。
「それは違うさ」
「違わぬ、もの、か……!」
「シルバーキャッスルが負けると決まったわけじゃない」
「!」
 馬鹿な。
「奴等に……勝ち目な、ど……」
「分からんさ。お前達の未来も」
「俺達の、未来……だと……?」
「そうだ。リュウケンはお前達も助けたかったんだ。だから破壊しなかった」
「馬鹿な……なんのために……」
「彼は、同じロボット同士である“仲間”を傷付けたくなかったのさ」
「同じ……仲間……」
 敵同士である、俺達が仲間だと?
「は……はは、は……」
 思わず笑いがこみ上げてくる。
「戯言を……! そんな、甘い……夢物語を、語る、とは……」
「だが、彼の中では現実だ。あとはお前次第だな」
「何が……俺、次第……だと……」
「彼の願いを受け入れるか否か」
「はっ……そんなもの、決まっている……!」
 夢想に耽る愚か者に現実を思い知らせてやる!
「そうか」
 リカルドは事もなげに淡々と答えた。そして車の収納ボックスからワイヤーを取り出し、ナッカラーの体に巻き付け始める。
「……何故だ」
 ナッカラーは呻くように問うた。
「何がだ?」
 運転席近くのスイッチを押したリカルドは、車体を支えるアウトリガが車体下で張り出すのを待ちながら問い返す。
「シルバーキャッスルの……敵を、何故……助ける……?」
 ナッカラーにはリカルドの考えが理解できなかった。リカルドはシルバーキャッスルの人間のはずだ。シルバーキャッスルに仇なそうとする敵を助けてなんになるというのか。
「お前の未来はお前の物だ。私がどうこうしていいものではないさ」
 答えながらラジコン操作でクレーンをナッカラーへ向けて延ばす。そしてワイヤーをクレーンのフックへ引っ掻け、持ち上げた。エネルギー切れで動けないナッカラーは荷物のように荷台へ降ろされる。
「貴様も……夢物語を……語るか……」
「そうかもしれんな」
「愚かな……!」
「それを判断するのは、今でなくてもいいだろう。まぁ、今は勝負の行方を見ようじゃないか。報復だって、その後でも遅くはない」
「どうなっても……知らんぞ……!」
「好きにしなさい――」
 それを最後にナッカラーの意識は途切れた。



 驚くことに、シルバーキャッスルは脱落者を出しながらもウィッシュボーン部隊を抑え、グレイ・リンク部隊も突破していた。あのキアイ・リュウケンもいた。最初に対峙した時の弱々しさは皆無だった。
 何故なのか。何が勝敗を分けたというのか。ウィッシュボーンやグレイ・リンク達、そして自分達が弱かったのか。
「……」
 弱い?
 助けられた部下達と共にモニターで戦いの様子を確認しながら、彼はふと気付いた。
 そもそも“闘って”などいないではないか。闇の貴公子側は積極的に攻撃を仕掛けたが、シルバーキャッスルは応戦していない。キアイ・リュウケンとナッカラーも、最初こそ勝負にならぬ拳を交わしたものの、あとは不意を突かれ、訳の分からぬ技で沈んだ。攻撃ではなかった。ただ力を奪われ、動けなくなっただけだ。
 闘ってはいないのに、勝ち進んでいるのはシルバーキャッスルだ。意味が分からない。
 今までナッカラーは、強さこそが、力こそが全てだと信じて疑わなかった。しかし奴等は一体どういう強さを持ち、どういう力で戦っているのだろうか。
 そういえばリカルドが、キアイ・リュウケンは『ナッカラー達の未来も助けたかった』と言ってはいなかったか。敵の未来を助けるために戦うとはどういうことだろう。奴等はいったい何を背負っているのか。
 ――いつの間にかキアイ・リュウケンへの怒りが、シルバーキャッスルへの興味に変わっていた。部下達も同じだったようだ。
『判断するのは、今でなくてもいいだろう』
 リカルドに言われた言葉を思い出した。その通りだ。生き残れるのなら、報復を後に回しても遅くはない。
 そして今、生き残れる可能性が大いにあり得るようなのだ。シルバーキャッスルがこの先何を見せ付けてくれるのか……見物させてもらおうじゃないか。
 闇の終わりに、そう思った。
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