フリージング・ハート

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 ゴールドアームは歯がゆい思いをしていた。
 ライジングブラストで一試合完投できない。
 手に入れて間もない魔球だ。エネルギー消費やパワーの微調整がまだ完全にできないのである。
 監督のブラックマンからはただの直球も使うよう指示されているが、試合でなければできない訓練もあると言ってアームは聞かない。そして結局右腕がオーバーヒートを起こして三男のゴールドマスクと交代を余儀なくされる……ということを繰り返している。
 しかもアームのその不安定な状態は、チームメイトにまで影響を及ぼしていた。
 アームの気持ちも分からなくはないが、彼の体が心配で気が気ではなかった。試合に集中できない者も出てくる始末。
 結果、ダークキングスは実力を全く発揮できないでいた。更にタチの悪いことに、アームはそのことに気が回らないでいる。弟二人は兄を信じて何も言わないし、イライラして常に殺気立っているアームに苦言を言える勇気ある者もいない。試合そのものは勝利しているものの、天下のダークキングスの試合としては無惨としか言いようがない。

 そんなわけで、ある日アームがライジングブラストでフォアボールを出した様を見たブラックマンは、試合終了後とうとう……キレた。
「アーム、次の試合スタメンから外すからな」
「なっ……!」
 これにはアーム本人は当然、チームメイトも驚いた。あの、ゴールドアームを試合には出させないと言うのだ。そういうこともありえるのだと、妙に感心している者もいる。
「冗談じゃない!! 何度も言ってるだろう! 出力の調整は実際に一試合通してみねぇとできないんだ!」
「それでどれだけ周りが迷惑してると思ってるんだ! 毎回右腕ぶっ壊すだけでなく、無様にフォアボールまで出しおって!!」
「ぐっ……」
「他の奴等はお前のことが気になってプレイに身が入らんし!」
 アームは驚いてメンバーを見回す。全く気が付いていなかった。仲間達は困った顔でアームをうかがい見ている。
「明日は欠場だ! その使い慣れた右腕を取り替えたくなかったら、明日一日集中メンテだ! いいな!!」
「っ……」
 いつの間にかスターティングメンバーから外れるだけの話が欠場に発展している。しかしアームは何も言い返せなかった。仲間が試合に集中できないと知った以上、最早チームに迷惑をかけるわけにはいかないし、右腕を失いたくもない。そしてブラックマンの彼らしからぬ気迫に呆気に取られたのも事実だった。
「……でもよ、マスクの直球だけで明日の試合勝てるのか? 相手はシルバーだぜ」
 困惑した顔で兄と監督のやり取りを見ていたフットが言う。
 ブラックマンはニヤリと笑った。
「それは大丈夫だ。考えがある――」



 アームは翌日の試合を財団ビルのメンテナンスルームで観戦することになった。スタッフの配慮なのか、作戦指示用通信回路がメンテルームのスピーカーに繋いであり、リーガー達とブラックマンのやり取りが聞き取れるようになっていた。
 アームが複雑な心境と面持ちで映像と通信に意識を傾けていると、ブラックマンがマスクに妙な打診をした。
『マスク、“フリージング”完投できるか?』
 ――フリージング? 完投?
『え……うん……多分できると思うけど……』
『じゃぁ、それでいってくれ。だがくれぐれも無理はするなよ。お前にまで倒れられたら、目も当てられんからな』
『分かった。頑張ってみるよ』
 別に倒れたワケじゃねぇ、と内心ツッコミを入れつつ、アームはマスクに注視した。

 マウンドに立つマスク。
 投球フォームを取り――
「!」
 マスクの周りで不可視の力がうねるのが分かった。
 それ等は特にボールと右腕に集束し――

『フリージング、レイピアー!!』

 青白い光が画面を埋め尽くした。
 鋭い一球がフットのミットに叩き込まれる。
 スタジアムが沸いた。アナウンサーが熱い絶叫を放つ。
「……」
 アームはモニターを凝視したまま微動だにしなかった。
 できなかった。

 “フリージングレイピアー”――マスクの技だ。
 アームやマグナムエース、ファイタースピリッツのようなド派手さはないが、鮮やかなほど鋭い魔球だった。
「アイツ……いつの間に……」
 だが驚きはそれだけに留まらなかった。
 マスクはフリージングレイピアーで一試合完投して見せたのである。そして打線でも決して遅れを取ることはなかった。
 魔球のあの鋭さには余程の集中力と出力調整が必要なはずである。にもかかわらず、少しも力を落とすことなく一試合の全行程を乗り切った。魔球でシルバーバッターを完封することはできなかったものの、不安に思われたこの試合は、見事ダークキングスの勝利で締めくくられたのであった。



 当然、おとなしくしていられるゴールドアームではなかった。
 我が弟ながら見事と思う反面……悔しくて悔しくて仕方がなかった。
 自分がいなくてもダークキングスは勝てる。マスクに自分のポジションを奪われる。許せるはずがない。
 
 だがお陰で目が覚めた。力み過ぎ、焦って盲目になっていたのだ。まるでいつぞやのマグナムみてぇじゃねぇか……自嘲せずにはいられない。
 マスクの投球もヒントになり、ライジングブラストの完成が間近なものとなった。すぐにとは言えないが、そう時間を置かずにモノにできるはずだ。



「お前、いつから魔球なんて」
 アームは帰ってきたマスクに、参考までに訊いてみた。
「ワールドツアーの野球戦の時から考えてはいたんだ。マグナムが倒れたのを見て、ピッチャーが一人なのはマズイんじゃないかと思って」
 それでダークに戻ったのを機に、密かに訓練していたのだ。ブラックマンには自分の考えを話し、陰ながらいろいろ協力してもらっていた。
「実際に投げられるようになったのは、兄貴がライジングブラストを編み出した少し後かな。ライジングブラストがヒントになったんだ」
 そう言ってマスクは照れたように笑う。
「まだ威力が全然足らなくて、代理でもピッチャーを名乗るのはおこがましいんだけど」
「……」
 アームは苦笑いを浮かべ、息をついた。
 時代は容赦なく動く。皆、理想とするリーガーになろうと一生懸命精進しているのだ。それは兄の後を付いて回るだけだったマスクとて例外ではない。油断していれば簡単に追い越される。
 世界は自分だけではない。盲目にあがいているだけでは駄目なのだ。もっと視野を広く。それでいて己に妥協せず。内に篭もるだけの訓練では望む結果は得られない。
「……まいったな……」
 マスクの尋常ならざる向上心にも、愚かな自分にも。ついでにマスクを使って目を覚まさせてやろうと画策したブラックマンにも。
「えっ?」
 アームの小さな呟きを聞き取れず、マスクは怪訝な顔をする。
「いや……」
 アームは首を振った。こんな場面で弱った姿など見せられない。
 ――いいじゃねぇか。逆境上等。
 アームは笑みを浮かべた。

 見てろよ。すぐに本当のゴールドアーム様を見せてやる。



END
コンセプトは「マスクに技を作ろう」です(笑
技の属性はちょっと悩んだんですが、元恐怖の貴公子なので氷で。
ちなみにアームは雷、フットは風(爆風)です。
名前は他に「〜スピアー」とか「〜レイ」とか考えたんですが、語呂が合わないので断念。
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