女の子と野暮
綺麗に磨かれた大きなガラス越しに、その姿はやけに映えて見えた。
純白のウエディングドレス。
基本のデザインはシンプルだが、ふんだんに使われたレースが華やかさを演出している。それでいて繊細さは失われず、更にヴェールが神聖な雰囲気を醸し出しており、女性の晴れ舞台を飾るに充分な存在感だ。
素直に綺麗と言える。
ルリーは苦笑した。結婚に恋をするとはよく言ったものだ。憧れはあるけれども、今はまだ途方もない夢。自分がこのドレスを着た姿を想像し、何故だか気恥ずかしい思いに捕らわれてしまった。
「ウエディングドレスか」
「!?」
突然かけられた声に、ルリーは慌てて振り向いた。
「ゴ、ゴールドアーム……」
「よう、お嬢ちゃん」
ルリーの視線を受け、ゴールドアームは軽く片手を上げて応える。ルリーは「こんにちは」と消え入りそうな声で挨拶を返した。
非常に恥ずかしいところを見られてしまった……ような気がする。逃げ出したい気持ちを抑えられたのは、シルバーのオーナー故の屈しない精神のお陰であろう。
しかし無理矢理浮かべたぎこちない笑顔だけはどうしようもなかったようで、それを見たアームが「どうした?」と首を傾げる。
「お嬢ちゃんじゃなくて、ルリーよ」
リーガーに微妙な乙女心など解るわけないだろうことをいいことに、ルリーは本心を隠した。
「ああ、そうか、悪いな……あー、ルリーオーナー」
言い慣れない呼び方に、アームは苦笑いでごまかす。なんとか話は逸らせたと、ルリーは内心ほっとした。
「やっぱり人間の女ってのは、こういうのに憧れるもんなのか?」
アームは改めてウエディングドレスを見上げて尋ねた。内心の動揺はごまかせたものの、やはりその話題からは逃れられないかと、ルリーは密かにため息をつく。
「まぁ、全ての女の人がそういうワケではないと思うけど……綺麗だもの。人生の中で一際輝いている時だし」
「ふーん……」
ふと、意味ありげな視線がルリーに向けられる。
「何?」
「いや、イメージじゃねぇなと思って」
「え」
ルリーは頭の中でアームが言ったことを数度繰り返した。イメージじゃない、イメージじゃない、イメージじゃない、イメージじゃない……
「なぁんですってぇ?」
にっとカッコイイ笑みを浮かべて何言いやがったこのリーガー……ふつふつと怒りが湧き起こる。
「どうせアタシはガラじゃないですよーだ」
確かに私は綺麗じゃないし、目ぼしい彼氏もいないし、こんなドレス似合わないと思うけど、でもでも!
「あ? え?」
突然ルリーが怒り出したので、アームは困惑した。これが微妙な乙女心なのだと、リーガーのアームに解るわけがない。
「いや、アンタが結婚するなんて考えられないな、と」
「……」
ルリーは恨みがましくアームを睨んだ。トドメ刺す気かコノヤロー。
フォローするどころか、ますます状況を悪化させたと気付いたアームは、心底困って後ろ頭をかいた。さて、どうしよう――
「……ぷっ」
「?」
今しがたの怒りと居心地の悪い雰囲気は何処へやら。困りきったアームの顔がおかしくてルリーは思わず噴き出してしまった。
「ぷっくっくっくっくっ……あははははっ」
「……なんだ?」
訝しくアームが呟く。怒ったり笑ったりなんなんだ一体。
「いえ、うん、ごめんなさい。あはは」
天下のゴールドアームの弱り顔など、なかなか見れたもんじゃない。そう思うと、そのリーガー相手に乙女心を知りなさいと言う方が酷かと、考え直す。
……でも。
「ねぇ、ゴールドアーム。貴方はダークの英雄的リーガーよ。でも、人間社会で生活してるんだから、少しは乙女心を勉強した方がいいわよ?」
ウインクと共に忠告をプレゼント。
「オトメゴコロ」
アームは口の中で繰り返した。ああ、これが俗に言う乙女心ってヤツか。
このお嬢ちゃんも女なんだな、と思う。しかしリーガーである自分から言わせて貰えば――
「アンタがシルバー以外の所へ行ってしまうなんて、想像がつかない」
「ゴールドアーム」
「俺は、アンタはずっと前からシルバーのオーナーで、この先もずっとシルバーのオーナーとして、シルバーの側で頑張っているもんだと思っていた」
だから結婚なんて、想像がつかない。
「ああ……そういうことか」
ルリーは苦笑いを浮かべた。リーガーからすると、自分はひらすらにシルバーのオーナーなのだ。結婚したらシルバーから離れてしまうなんて、極端な発想ではあるが。
「花嫁姿が似合わないって言われたと思ったわ」
「いや、そんなことは言わねぇよ」
アームは笑った。
「だいたい人間のファッションセンスとかってよく分からねぇし」
「……」
似合う似合わないはよく分から、と言ったところでルリーに思い切り蹴られた。
……確かに自分は女の子だが、シルバーのオーナーであることも事実。そして自分がシルバーを離れるなんて、自分自身も想像がつかない。
結婚は憧れだ。しかしその夢の為に盲目になるつもりはない。
シルバーのオーナーである女の子として、将来素敵な相手を見つけることにしよう。
自分に背を向けられ慌てて呼び止めようとするアームの声を後目に、ルリーは密かに笑いながら思うのだった。
END
2006年ILオンリーの企画で、ルリーとアームの2ショットを考えたところから発展した話でした。
アームは野暮だと思います。
フットはそれ以前の問題だと思います。
マスクは結構したたかだと思います。
ちなみにルリーの相手がクリーツだったら犯罪かな(笑