ガーディアン

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プロローグ



 ルリーはうっすらと目を開けた。太陽はもう完全に昇っているらしい。
 自分はどれほど眠っていたのだろうか。現在は何時なのだろう?
 布団の中で大きく背伸びをした。どうも体がだるい。昨日疲れるほどの活動をしただろうか。それとも疲れるような夢でも見たか、あるいはただの寝過ぎか。
 寝起きの為か、頭がぼんやりしていてはっきりしない。昨日何をしたのか、何時に寝たのか、どんな夢を見たのか――意識が霞がかって思い出せない。
 側にある時計に視線を向けた。始めはぼやけてよく見えなかったが、だんだんはっきりしてきた。
「んー……2時か……」
 ルリーはゆっくりと上体を起こし――思い至って時計を引っ掴んだ。
 時刻を見て唖然とする。
「2時ぃ!?」
 お昼さえも過ぎている。一体自分はどうしたのだろうか。何故こんな時間まで?





T エドモンド監督
18:32 シルバーキャッスル本部

 エドモンド監督は腕時計を見た。陽はとっくに沈んでいて、空には鋭利な三日月が浮かんでいる。
「ルリーの奴、遅いな」
 夕方、お茶菓子を買いにいくと言って出ていったのはいいが、こんな時間になってもルリーは帰ってこない。今までこんなことがなかったので、監督は少々不安だった。
「エディ、何をそんなに心配しているんだ?」
 リュウケンのメンテナンスをしながらリカルドが声をかける。
「ルリーが帰ってこない。父親のくせになんて神経してるんだ」
 監督は呆れながら言葉を返した。
「あの子ももう16だ。おかしくもなんともないだろう」
「そりゃぁそうだが、いきなり心境が変化するってことはないんじゃないか?」
「それは分からんさ。人の心は変わりやすい。きっかけがあればいつ何時でも簡単に変わるさ」
 ましてや多感な時期なのだし、とリカルドは別段気にする節もない。
「子供心をしっかり理解しているいい父親だな、まったく」
「それはどうも」
 監督の皮肉をリカルドはさらりと受け流す。
「でも、ま、お前の気持ちも分からないわけではないさ。私以上に父親してきたんだからな」
「誰のせいだと思ってるんだ」
 監督は目を据わらせて兄を睨んだ。睨まれた当人は肩をすくめるだけに留める。
「そんなに心配なら捜しにいったらどうだ?」
 リカルドが間を置いて言うと、しかし監督は後ろ頭をかいて複雑な顔をした。
「……正直言えば、兄貴と似たようなことを考えていたからな。なるべくなら自分の意思で帰ってきてもらいたいね」
「なるほど」
 やはり私以上に父親だなと、リカルドは言った。顔には苦笑いが浮かんでいる。
「リュウケン。メンテが終わったらルリーを捜しにいってくれ」
 今まで黙って二人の会話を聞いていたリュウケンは、リカルドの指示にうなずいた。
「分かりました」
「……」
 監督は何か言いたそうに兄を見たが、リカルドは気付かない振りをしてメンテナンスに集中した。これ以上待ってもリカルドの口から言葉が出てくることはないと思った監督は、諦めてため息をつきながらメンテナンスルームから出る。
 再び時計を見た。
 時は進むだけで決して戻りはしない。



U リカルド
18:57 シルバーキャッスル本部

 リュウケンを見送ったまま、しばしその場で外の空気を堪能していると、エディが近寄ってきた。
「兄貴、矛盾してないか?」
 弟の問いにリカルドは「そうだな」と言って空の月を見上げる。
「お前の言葉も私の言葉も一理ある。だから、どちらも通るような答えを選んだつもりなんだがな」
「それがリュウケンに捜しにいってもらうことかい?」
「あぁ。決して何の根拠もなくリュウケンに頼んだわけではないさ。そう言えば分かるだろう?」
 リカルドがそう言うと、エディは一呼吸おいてから「なるほど」と答えた。



V ルリー
19:03 ホームタウン

 普段ならば家に帰ってリーガー達のメンテナンスの手伝いか、夕食の準備をしている時間のはずだった。しかし今日だけはまだ、街の中を歩いていた。
 歩く、というよりは、さまようと言った方が正しいかもしれない。何故なら今のルリーには目的が何一つ存在しないからだ。何気なく、気まぐれで、彼女はそこにいた。
 二つ程はっきりしていることがある。
 一つは、今自分は家に帰りたくないということ。別に父や叔父に叱られたわけではないし、リーガーと喧嘩をしたわけでもない。
 ただ、帰りたくないのだ。
 そしてもう一つは――
 ルリーは街灯の下で立ち止まり、ため息をついた。
「何か物足りない……」
 そう呟いて、足下に転がっていた空き缶を軽く蹴飛ばす。空き缶はカラカラと寂しい音をたてて転がり、やがて止まった。
 ルリーは虚ろな物足りなさを感じていた。何が物足りないのかは分からない。とにかく物足りないのだ。これがもう一つはっきりしていることである。
 ルリーは空き缶を思いっきり蹴り飛ばした。彼女の中にある“物足りない”という感じが一瞬の怒りへと変化し、蹴り飛ばすという行動に表れたのだった。蹴った後すぐに、怒りが“物足りない”という感じに戻り、心にぽっかりと穴が空いたような気がした。
 日が暮れて尚、辺りには車がたてる風を切るような音や、街の所々に設置されたスピーカーから流れる音楽、人の声等が溢れ返っていたが、ルリーの周りには形容しがたい妙な静けさがわだかまっている。
 ルリーはもう一度ため息をついた――その時。
「オーナー」
 背後から声をかけられ、ルリーはぎくりとして硬直した。
「……」
 今会いたくない内の一人の声だった。この声はあたしを迎えにきたに違いない。帰りたくないのに。
 ルリーはゆっくりと振り返った。リュウケンが優しい微笑みを浮かべてルリーを見ていた。
「やっと見つけた、オーナー。帰りましょう。皆心配してる」
 やっぱり。ルリーは逃げ道を探しながら言葉を返す。
「帰りたくない」
 ルリーの答えにリュウケンは一瞬言葉を閉ざした。ルリーは車が行き交う車道に出ようと考えた。今来る車が通り過ぎれば、あたしが一人渡る分の空間ができる。ルリーはチャンスが来るのを待った。
 ――ところが。
 次の瞬間、ルリーは車道を渡るのをためらい、チャンスをみすみす逃してしまった。
 リュウケンの一言がそうさせたのだ。
「分かりました」
「え」
 ルリーはまさか自分の主張が受け入れられるとは思わなかった。驚きのあまり目を丸くしてリュウケンを見た。
 リュウケンはやはり優しい微笑みを浮かべながら言った。
「帰りたくなければ、無理に帰らなくていいと思います。帰りたくなったら帰りましょう。でも夜だから何かあるか分からない。だから僕、側にいます。いいよね?」
「!」
 ルリーは喜んでリュウケンの言葉を受けた。こういう展開になるとは思ってもみなかった。
 ありがとう、リュウケン。



W リュウケン
19:36 ホームタウン

 ルリーはリュウケンと並んで歩きながら、声をかけられる前までの心境を語った。なんとなく家に帰りたくなかったこと、虚ろな物足りなさを感じていること、心にぽっかり穴が空いたような感じがしたことなど「だいたいあたしはうんぬんかんぬん」と話していた。
 ……のだが。
 聞いているうちに、リュウケンはだんだん本当のことが話せなくなってしまった。
 実のところ、リュウケンはリカルドに「なるべくルリーのやりたいようにやらせてやってくれ。私がこう言ったことを悟られんようにな」と言われていたの だった。だがリュウケンは内心隠すのは良くないと考えていた。ルリーは隠し事をされるのは嫌だろう。だから本当のことを話すタイミングを窺っていたのだ。
 ところが、ルリーの話を聞いているうちに、本当のことを話すのは彼女を傷付けることになるではないかと思い始めていた。これは確信に近い。
 今のルリーの心はぐらぐら揺らいでいる。リカルドが言うには「お年頃」らしい。そういう状況にあるルリーにとって、真実を明かしても明かさなくてもマイナスにしか効果を表さない。だが両方否定することはできないのだ。必ずどちらかを選ばなければならない。
 リュウケンの心の中で葛藤が繰り広げられていた。答えが出ないまま、時間は刻々と過ぎていく。



X ルリー
20:18 ホームタウン

 リュウケンに話を聞いてもらったお陰で、幾分気分が楽になった。
 途端に歩くだけではつまらなくなる。お金はあった。とにかく何処かの店に入って何かしたい。だがこの時間、空いている店は限られている。ルリーは四方に目を向け、時間を潰せる店を探した。
「ん?」
 ふと見つけたネオンの文字。“ゲームセンター<デスティニィ>”と読めた。
「ゲームセンター……行きますか?」
 ルリーの気持ちを察したリュウケンが顔を覗き込む。ルリーは少し悩んでからうなずいて、ゲームセンターの自動ドアを開けた。
 中は時間とは関係なく騒々しい音が広がっていた。大声を出さないと相手に伝わらないほど。
 夜であるにもかかわらず、入店している年齢層は幅広かった。以前このゲームセンターには、
   ・16歳未満の方の18時以降の来店
   ・18歳未満の方の21時以降の来店
   以上の二つを堅くお断り致します。
という張り紙があったが、今では張った跡があるだけである。そういう時世になったのだ。
 ルリーは財布から小銭を数枚出し、ポケットに入れた。
「リュウケン、何かする? するんだったらお金貸すけど」
「いいです。壊してしまうかもしれないし」
 そう言ってリュウケンは苦笑いを浮かべた。リュウケンには悪いと思うが、ルリーは納得した。リーガー用のゲームがないわけではないが、彼の力は計り知れない。本気を出さずとも50mの壁を容易く砕くことができるほどだ。
 ルリーは近くにあったレーシングゲームに着いた。初めてやったので、彼女が運転する車はガツンガツンとフェンスに激突していた。ルリーはハンドルと格闘状態である。
 ふとリュウケンが口を開いた。
「僕がオーナーを無理矢理連れていかなかったことに驚いていたよね。実は、リカルドさんにそうするように言われていたんです」
 最初何を言っているのかルリーは理解できなかった。リュウケンは話を続けた。
「リカルドさんに何も言われてなかったら、あの時点でどうやったら一緒に帰ってもらえるか考えていたかもしれない」
 やがて、話の内容がルリーの頭に浸透していく。
 驚きと悲しみが交差した表情でリュウケンを振り返った。
 リュウケンは黙ってうつむいていた。
 ゲームの黒い画面には、赤い文字でこう表示されている。

――GAME OVER――






Y リュウケン
20:29 ゲームセンター<デスティニィ>

 リュウケンは意を決して本当のことを打ち明けた。……ルリーは、彼が思ったような反応を見せる。
 やっぱり。リュウケンは自分の判断が正しかったのか、分からなかった。
 ルリーは「そう」と小さな声で答え、顔を伏せて店を飛び出していった。
「オーナー!」
 リュウケンは叫んでルリーの後を追いかけたが、外に出た時にはもうルリーの姿はなかった。
 やはり言わなかった方が良かったのでは。リュウケンは自分の判断を悔やみ、ルリーを捜す為に走り出した。



Z ルリー
21:33 ホームタウン

 ルリーは海岸沿いの歩道にあるベンチに座っていた。つい先ほどまで泣いていたせいで、目が淡い赤に染まっている。
 ――怒りを通り越して、悲しかった。リュウケンの優しい性格だから、あの言葉は彼自身のものだと信じて疑わなかった。だから嬉しかったのだ。
 ところが、本当はリカルドのものだったという。父ならば人間の性質を理解しているだろう。だから娘である自分の気持ちなど、手に取るように分かるに違いない。
 ルリーはそれが癪でたまらなかった。自分は一生懸命悩んでいるのに、他人が理解しているなんて、そんな馬鹿な話があってたまるか。彼女はそう思った。父はルリーではない。分かるはずなんてない。
 そしてリュウケン。どうして父の指示に従ってしまったのか。それも許せない。
 お願いだからあたしの心を簡単に扱わないで――



[ リュウケン
22:07 ホームタウン

 リュウケンは建物の陰に隠れて、向かい側の歩道のベンチに座っているルリーの様子を、ずっと窺っていた。
 エネルギーが残り少なくなってきている。あまりウロウロしていると道端で停止してしまう可能性がある。リカルドにはエネルギーが少なくなったら構わず 戻って来いと言われていたが、ルリーを放って戻ることなどできなかった。これまで幾度もの危機を乗り越えてきたのだ。これくらい、どうってことは……
 そんなことよりも、リュウケンはルリーが心配だった。リカルドや自分との間に亀裂が入ったままなんて耐えられない。どうにかしなければ。
 ――ところが、亀裂を塞ぐきっかけは、思わぬところからやってくる。
 リュウケンがエネルギー消費を抑えるために座り込んだ時だった。
「……エネルギーがなくなるまで、そこにいるつもりだったの……?」
 泣きそうな顔でルリーが言った。



\ ルリー
22:24 ホームタウン

 人通りがないに等しくなった頃、向かいの建物の陰にリュウケンの姿を見つけて驚いた。人影があったのは気付いていたが、まさかそれがリュウケンだとは思わなかった。彼はずっと自分のことを見守っていたのだ。そう思った瞬間、今までのもやもやした考えが一瞬に霧散した。
 リュウケンが建物に手をかけた。残りのエネルギーが少ないらしい。ルリーは駆け出した。自分はリュウケンが所属するチームのオーナではないか。呆然と見ているわけにはいかない!
 リュウケンが座り込む。ルリーの目から涙が溢れそうだった。
「エネルギーがなくなるまで、そこにいるつもりだったの……?」
 リュウケンは最初驚きの表情を見せたが、すぐ微笑んだ。
「なくなるまで、じゃなくて、なくなっても、の方が正しいかもしれない」
 その言葉に、ルリーは涙を抑えることができなくなってしまった。
「リュウケン!」
 名を叫び、リュウケンに抱き付いた。
「ごめんなさい、自分のことしか考えなくて……貴方には何か考えがあったかもしれないのに」
「オーナーは何も悪いことしてないよ。だから謝らなくてもいいんです。オーナーだって悩んで当然なんです。だから」
 ルリーはリュウケンの優しさを肌に感じていた。
「だからもう、泣かないで下さい――」



] リカルド
23:02 シルバーキャッスル本部

 リカルドはメンテナンスルームでのんびりコーヒーを飲んでいた。彼の周りではシルバーの面々がルリーとリュウケンの帰りを今か今かと待っている。皆心配で休めないのだ。
「のんきにコーヒーなんて飲んでるなよ、兄貴」
 エディが呆れた顔をしてリカルドを見る。
「別に心配することはないさ。リュウケンが側にいる」
「……あ」
 エディはリカルドの策略を完全に見抜いて目を据わらせた。
「兄貴、その性格やめた方がいいぞ。丸め込むのはマグナムだけで充分だと思うがな」
 リカルドは弟の言葉に肩をすくめただけだった。
 彼はリュウケンがルリーに真実を話すだろうと最初から思っていた。そしてルリーが怒ることも、仲直りすることも。二人の行動はリカルドに全てお見通し だったというわけだ。悪く言えば、リカルドの手の上で踊らされていたということになる。彼の頭はリュウケンの力と同じで計り知れない。
 ――突然リーガー達から声があがった。どうやら二人が帰ってきたらしい。
 リカルドはコーヒーカップ片手に二人に歩み寄った。
「おかえり」
 しかしルリーは一瞥をくれただけで何も言わなかった。リュウケンは苦笑いを浮かべながらリカルドに会釈する。
 肩をすくめるリカルドの後ろで、エディが「そら見ろ」と呟いた。だがリカルドからすれば、ルリーに悪く思われるのは大したことではない。娘の為に必要ならば、多少の悪役は引き受けるつもりでいる。





エピローグ


 ルリーはうっすらと目を開けた。太陽はもう完全に昇っているらしい。
 自分はどれほど眠っていたのだろうか。現在は何時なのだろう?
 布団の中で大きく背伸びをした。どうも体がだるい。昨日疲れるほどの活動をしただろうか。それとも疲れるような夢でも見たか、あるいはただの寝過ぎか。
 寝起きの為か、頭がぼんやりしていてはっきりしない。昨日何をしたのか、何時に寝たのか、どんな夢を見たのか――意識が霞がかって思い出せない。
 側にある時計に視線を向けた。始めはぼやけてよく見えなかったが、だんだんはっきりしてきた。
「んー……2時か……」
 ルリーはゆっくりと上体を起こし――思い至って時計を引っ掴んだ。
 時刻を見て唖然とする。
「2時ぃ!?」
 お昼さえも過ぎている。一体自分はどうしたのだろうか。何故こんな時間まで?
 ――そう思った瞬間、昨夜の出来事が脳裏に蘇ってきた。そうか、昨日は……ルリーは突然リュウケンの顔が見たくなって、急いで着替えて階下へと走った。
 窓から柔らかな陽の光が差し、ルリーの爽やかな笑顔を温かく照らしていた。
「おはよう!」



END
平成9年に作成したコピー本より、『ガーディアン』でした。
ははは、若いなぁ……っつーか、拙いなぁ(笑)
しかも時間表記イミフメイだし。プロローグとエピローグの重複もイミフメイ。
でも折角なのでそのまんま転載してみました。
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