HERO.

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 喫煙室で一服を終えたクリーツが練習場に戻ると、ベンチの前に人だかりならぬリーガーだかりができていた。
 一体何事かと近くまで寄ってみると、どうやら来客があったようである。馴染みのない声が見知った声に混じっている。とはいえ聞いたことがないわけではない気もするが、はて誰だったかと、密集形態のリーガー達の隙間からなんとか覗き見て、
「!」
 クリーツは息を呑んだ。
「あ、監督。お帰り」
 その気配に気付いたのか、プリンスの一人がクリーツを振り返る、それを合図に客人への道がざっと開いた。
 途端に目が合ったのは、ファイタースピリッツである。
「すまない、少し邪魔をさせてもらっていた」
 スピリッツが軽く会釈をする。
「いや、構わないさ。ようこそファイタースピリッツ。歓迎するよ」
 平静を装いながらクリーツは答えた。……そう、平静を装わなければならなかった。何故なら彼は動揺していたからだ。
「会ったことは、ねぇな? 一応紹介しとくか。クリーツ監督だ」
 言いながらゴールドフットがクリーツを示す。
「初めてまして。活躍はよく聞いている」
 クリーツが右手を差し出すと、スピリッツが応じて掴んだ。
「お目にかかれて光栄です。お噂はかねがね伺っています」
 ダークスポーツ財団の支部を本拠地とするダークスワンのスピリッツが本部ビルにいるのは、ダーク規定の定期健診のためだという。それでついでにダークプリンスに寄ったとのこと。ちなみにキングスには先に顔を出したらしい。
「では、そろそろ時間だから失礼させてもらう」
「なんだ、もう行っちまうのか」
 スピリッツの別れの言葉にフットが名残惜しそうに返す。
「ま、仕方ねぇか。また今晩な」
 どうやら夜に飲みの約束をしたようだ。フットに「あぁ」と答え、クリーツに一礼してスピリッツは練習場を後にした。
「……」
 いつものクールな笑顔で閉じた扉を見ていたクリーツ。やがて肩を下げて深々と息を吐いた。
「あ? なんだ、どうしたよ一体?」
 監督の妙な様子をリーガー達が見咎める。代表してフットが声をかけた。
「いや」
 そう答えながら、クリーツはだんだん顔がにやけてくるのを抑えられなかった。
「年甲斐もなく浮かれてしまっている」
「なんで?」
「シルバージャスティスといえば、俺達の世代のヒーローみたいなもんさ。俺がアイアンリーグに携わる仕事を志し、ダークに入ろうと思ったのも、彼の影響を受けたからだ。俺がダークに入る前に強制引退させられたから、会うことはなかったんだが」
「へぇ、そうだったのか」
「彼の最後のワールドツアー決勝戦は、お前達も一度観ておいた方がいい。あの血湧き肉躍る試合はアイアンリーガーの歴史に残る名試合だったぞ」
 言いながらクリーツは内心苦笑した。あの彼のフェアな雄姿と感動は、ダークに毒されてものの見事にかき消されてしまっていたのを思い出したのだ。
「……ん?」
 そこでクリーツはフットが練習場の入り口に走っていったことに気が付いた。フットは扉から顔を出し、廊下の向こうに見えるスピリッツを大声で呼び止める。
「今晩一人増えてもいいかー? クリーツがお前のファンなんだってよー」
「ッ!」
 ぎゃーーーーーーッ!!
「ふ、フットッ、おま、お前!!」
 慌てて叫ぶが後の祭り。しかも駆け出そうとして背後のリーガーに肩を捕まれ阻まれた。
 やがて戻ってきたフットはいけしゃあしゃあとしている。クリーツは赤い顔で睨んだ。
「別にいいじゃねぇか。自分達のプレイを応援してくれるファンがいるってのは、俺達にとっちゃ喜ばしいことなんだぜ?」
「それは解るが……表現が露骨すぎるんだッ。恥ずかしいだろう!」
 畜生、絶対確信犯だコイツは!
「で、ファイタースピリッツ、なんて?」
 プリンスのリーガーがフットに尋ねる。
「『それは光栄だ。楽しみにしている』だとよ」
「……」
 もはやクリーツは片手で顔を抑えてうなだれるしかなかった。



END
ヒーローは何歳になってもヒーローなんですって話。
クリーツの年齢的にそういうのもアリかなーっと思いまして。
いつもクールなクリーツ氏、でもたまにこんな姿を見せるとときめきませんか?

……この小説を書くにあたり、ファイタースピリッツのかつての名前をネットで調べたのはここだけの秘密だ(←ILファンとして最低)
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