つかの間

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 体調が悪いと心も弱るようで。
「はぁ……つまんないなぁ」
 ベッドに伏しているルリーも例に漏れず、無性に人が恋しかった。
 ……厳密に言えば、ベッドに伏してはいない。どてらの上から電気毛布を被り、暖房の前に陣取っている。
 寒いのだ。とてつもなく。
 それもそのはず、ルリーは季節性のインフルエンザに見舞われていた。熱は39度オーバー。そのせいで悪寒だけでなく筋肉痛もする。頭はぼーっとするし、とにかくだるい。
 久し振りだった。子供の頃に一度なった記憶がある。しかしこんなにしんどかっただろうかとルリーはげんなりしていた。喉元過ぎれば熱さを忘れるというヤツか。だとすれば今回も直ったら忘れてしまうのかもしれない。
 でも今はとにかくツライ。寒くてベッドの中にいられないから眠れないのが更にツライ。お陰で寂しくてたまらない。ぼーっとしているくせに、感情はしっかり活動しているのだから憎たらしい。
「あー……暇ぁ……」
 頭がぼーっとしているせいで、寂しさを紛らわす手段もない。何をしても集中できないのだ。とりあえず側に置いておいたマグカップを手に取る。中身は白湯だ。しかし時間がたってぬるくなってきている。寒い。仕方がないので側にある電気ポットからお湯を出した。ぬるま湯と合わされば熱湯じゃなくなるので飲みやすい。……ということをさっきから何度も繰り返している。
 何気なく窓に目をやった。カーテンが閉まっているので外は見えない。今頃皆は野球の練習をしているのだろう。誰か様子見に来てくれないものかと思うが、邪魔をするのも気が引ける。
「はぁ……」
 もはや何度目か分からない重々しいため息をついた。寝たい。でも寒いからここから動きたくない。この場で寝てしまったら、絶対体勢が変わって体を冷やすことになるし。
 ホント、いつになったらこの症状が治まるのか、考えただけで気が滅入る。とにかく時間の経過が遅かった。
 ツライ。
「りゅーけーん……」
 応えなどあるわけがないと分かっているが、呼んでみた。呼ぶだけで少し気が晴れる、ような気がした。
 コンコン
「ひぇッ!?」
 控えめながら、応えるように扉をノックされ、ルリーは素っ頓狂な声をあげた。完全に不意打ちだった。
「オーナー、起きてるの?」
「リュウケン!?」
 なんだこの物語のお約束みたいな展開は。あぁ、でも嬉しいぞ!
「開けてもいいですか?」
「どうぞ!」
 嬉々として返事をすると、遠慮がちに扉が開いて隙間からリュウケンが顔を出した。
「寝てなかったんですか?」
 心配そうな声で尋ねられる。咎める色は全くないが、それでも気まずそうにルリーは苦笑した。
「寒くてベッドの中にいられなくって」
 それを聞いたリュウケンはルリーの部屋に入り、扉を閉めた。
「大丈夫ですか?」
「正直、あんまり。でも今はちょっといい、かな」
 何せリュウケンが来てくれたのだから!
「リュウケンはどうしたの?」
「監督に様子を見てきてくれって言われたから」
「そっか」
 人間と違ってリーガーにインフルエンザが感染することはない。だからリュウケンを向かわせたのだろう。もちろんウイルスの感染媒体にはなる可能性があるので、この後リュウケンは消毒用スプレーを吹きかけられまくるのだが。
「皆も心配してる」
「うん、そうだよね。会いたいな」
 思わず本音が出た。
「でも工場長が、オーナーがゆっくり休めないから、僕以外行ったら駄目だって」
「あー」
 そんなところで面会禁止令が出ていたか。まぁ本当なら寝ていなければならない身、仕方ないといえば仕方ないのだが、やはり寂しい。
「ねぇねぇリュウケン、ちょっと」
 ルリーはリュウケンを手招きし、傍らに座らせた。リュウケンは素直に応じて正座をする。その体にルリーは手を伸ばした。
「さっきまで外にいたから冷たいですよ」
「ううん、そんなことないよ。あったかい」
 アイアンリーガーは稼動中、常に発熱している。冬場に人が触れても凍傷になることはない。ルリーはころりとリュウケンの膝に体を預けた。まるで大きな膝枕だ。やがてリュウケンの手がルリーの体を覆うように伏せられたのがまた温かくて嬉しくて心地いい。
「そういえば、7年前にインフルエンザにかかった時もこうしてましたね」
「そうだっけ?」
「はい」
 人間の記憶力とは本当に恨めしい。そういう記憶は覚えていたいものだが、思い出せなかった。
「30分くらい、こうしてていい?」
 呼んで応えてもらえたなら、少しくらいわがまま言っても許されるってことだよね、と偶然を勝手に解釈する。
「いいですよ。30分じゃなくても大丈夫です」
「でも練習あるじゃない」
「皆オーナーが心配で練習に身が入らないからと、自主練習になりました」
 思わずルリーは噴き出した。同時に心が温かくなる。きっとリュウケンが部屋を出ていったらまた寂しくなるんだろうけど、今はとても満たされていて幸せだった。
「んー」
 途端に眠気が襲ってくる。
「ゴメン、寝ちゃうかも」
「大丈夫ですよ」
 おやすみなさい、と優しい声が耳をくすぐった。ルリーはすごく幸せだった。



END
ありきたりなネタですが、私なりに書いてみたかったので。
実は私はインフルエンザにかかったことないんですが、かかった兄が寒いと言ってストーブの前にいたのが印象的だったのですよ(笑)
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