砂上の楼閣

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 荒野の片隅にスクラップが転がっている。
 規格が統一されている骨格の一部が、かろうじてそれをリーガーだと認識させた。
 手足はない。体はおろか、頭すら大きく破損している。
 焦げた臭いが辺りに漂っている。回路がショートして飛び散る火花、流れ出るオイル。――破壊されてまだ間もない。
 それを、マスクは呆然と見下ろしていた。
 マスクがこの場に辿り着く少し前、視界に遠く喧騒と土煙があった。辿り着いた時には全て風に流されて消えていた。……スクラップを除いては。
「……」
 震える指を伸ばす。
「触る、ナ」
 羽虫の羽ばたきのような声。
「! まだ動けるのか、なら」
 マスクはとっさに抱き上げようとした。
 しかし。
「必要、ナイ」
 スクラップはきっぱりと拒絶する。
「どうセ、スグに止マる」
 だがマスクは引き下がらない。
「まだ間に合うかもしれないだろ!?」
 まだ稼動している相手を見捨てられるはずもないのだが、やはりスクラップは頑なに拒絶する。
「タとえ間に合ったトシテも、修理費用ヲ用意デきナイ。オ前とてソンな余裕はなイだロウ、オ人好シ」
「っ、それは」
 マスクは口篭もった。確かに言われた通りではあった。宿る木はおろか、下ろす根もない草のような現在の生活では、兄弟三人が生きていくので精一杯だ。
「それ二、動けルよう二ナッてモ、辿る末路は同ジダ。別の生き方ガデキたなラ、こンナことになってヤしなイヨ」
「……」
 はぐれリーガー同士の諍いの果て。マスクにはその壮絶さを目の当たりにしているのだ。かける言葉が見つからない。
「オ前のこトハ知ってイルよ、ゴールドマスク。ダークを引退シ、兄弟で放浪の旅ヲシていル」
 ギギギ、と歯車が軋むような音がした。どうやらスクラップが笑ったようだった。
「あの試合は良かったな。見ていて非常に楽しかった」
 ナショナルチャンピオン決定戦のことを言っているのだろう。あの試合は、たくさんの人間やリーガー達の心に衝撃と変化を与えた。
 あぁ、こいつもアイアンリーガーなのだなとマスクは感慨にふけ――
「なンの感慨もないケレど」
「!」
 再び歯車が軋む音。
「こノ世ニハ、自ラ心を捨てテ生きテイるリーガー崩れがたくサンいる」
 最早私達はリーガーではないのだよ。スクラップは笑った。
「……」
「空はイイなァ。知っていルカ? 宇宙デはリーガー同士が戦争ヲシてイるらシイ。アらカジめ心を消去されて」
 マスクは驚いた。
「知ってんのか?」
 宇宙の戦争を。アイアンソルジャーを。
「伊達に長ク生きていナイ。……そチラの方がドレほド楽か」
 はぐれリーガーよりもアイアンソルジャーの方がマシだとスクラップは言っているのだ。マスクには、どちらの凄惨さも想像すらできない。
「やっト……ヤっと、終わレルんダ。誰二も邪魔はさセナい」
「……こんなの、納得できるかよ」
 今この場でマスクにできるのは現実を呪うことだけだ。
「オ前にハ全く理解デキなイだろうサ、坊や。理解スル必要もなイ。元ヨり私を見ツケるべキでハなカった」
「……」
「オ前の行く道二ハ足掻く余地があル。オ前は“こンな所”に立チ止まルコとなく、振り向くコトもなク、突キ進ンデ行くべきナンだ」
 ……マスクは拳を握り締めた。食い縛っている歯が擦れて鳴りそうだった。
「オ前も今ハはぐれリーガー。だガ私達トハ全く次元が違ウ。関わルナ。忘レろ。さっサトここヲ立ち去るがいイ」
「……悔しく、ないのか。つらくないのか。終わるのが、怖くないのか……」
 見ている自分はひどくつらい。マスクは絞り出すように問う。スクラップは即答した。
「悔シイさ!! 辛くなカッタ時などあルもノカ! だガそれモもう間モナく終わル。ザマァ見ろ!!」
 アはハハははハはッ!! スクラップの歪んだ高笑いが荒野に響き渡る。はたして誰に叫んでいるのか――運命か、それとも自分にか。
「さぁ行ケ! 再び“奴等”がここヲ通ルぞ。誰デあロウが“奴等”ハ従ワヌ者全てヲ破壊して回ル。多勢に無勢、しカモお前ハもうリーガーに拳を向けラレまイ。当然、言葉ナド通ズる相手でハナい」
「っ……!」
 考えるだけ無駄な葛藤がマスクをさいなむ。道は一つ。それを選択できない。
 そうしている間に空気が変わった。歪んだ風の流れに騒音が紛れ込む。スクラップの言う“奴等”だ。
「さぁ急ゲ。私モもう終わル」

 ――マスクは駆け出した。逃げるように走った。逃げたくなかったが、逃げるしかなかった。



END
いろいろな事象を見て成長して下さい、ってことで。
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