始動

IL−TOP
「お前、シルバー辞めて、他のサッカーリーグに移るんだってな」
 お茶代わりに出したオイル片手に、ゴールドマスクが問いかけた。
 シルバーキャッスルの基地の前に横たわる港。そこに彼と共に立っていたマッハウインディは肩をすくめた。
「兄貴から聞いたのか」
 ああ、とマスクはうなずく。
「それを確認しに、わざわざここまで来たってのか」
「まぁ、ね。ちょっと……気になったからさ」
 そう言ってマスクはオイルを一口含む。
「あんなにシルバーの為に頑張っていたのに、あっさりと決断したなぁと思って」
 ウインディは内心うんざりしながら苦笑した。
「よく言われるよ。そんなに俺、シルバー抜けちゃ悪いかよ?」
「悪くはないさ。ただ、何がどうなって、そういう結果になったのか知りたいだけだよ」
「皆そう言う」
「あ、そ……」
 確かに、UN社に奪われたシルバーキャッスルを取り戻すために奮闘したウインディの姿を目の当たりにしていた者達は、意外に思うだろう。だがUNシルバー対真シルバーの試合に深く関わった者達は気付いたはずなのだ。あの運命の対決が何をもたらしたのかを。
 だからマスクだって分かっているモンだと思っていたのだが……ウインディは伺うようにマスクを見た。マスクはウインディにまじまじと見られ、不思議そうに首をかしげる。
 ――マスクには、もう少し時間が必要なのかもな。
「……何だよ?」
 マスクに言われ、ウインディは「別に」と答える。
「さて、質問の答だが……俺はサッカーが好きなんだよ。だからいろんなサッカーをもっと経験して、もっと強くなりたい。そして」
 世界の大舞台で最高のサッカーを披露したい。
 あの試合でやっと気が付いたから。夢は更に大きく膨らんでいった。
 未知の世界への期待が心を熱くさせる。新たな道が開けた――
「だからシルバーを抜けるのさ」
 分かったか? と目で問えば、マスクは「そうか」と微笑む。とりあえず疑問は解けたようだが……
「……なぁ、ゴールドマスク」
「何?」
「お前は……これからもダークキングスで頑張るんだよな?」
 自分が心の中で考えていることを悟られぬように視線を外し、できる限り遠回しな言い方でウインディは問いかけた。
 俺はサッカーリーガーだ。サッカーが大好きだ。だから無限の可能性を求めて歩き始める。
 だけど、お前は?
 マスクはなんのために野球をする? 兄と共にいるためか? 兄を助けるためか?
 友に、ライバルに、自分と同じ更なる高みを求めるのは、俺の勝手な押し付けになるのか――
「もちろん」
 マスクは即答する。ウインディは心に一抹の寂しさが湧くのを感じ……
「――今のところはまだ、ね」
「えっ?」
 ウインディはマスクを見た。見て、息を呑んだ。
 マスクは口の端を上げてシニカルな笑みを浮かべていた。
「今はまだ、目標とするリーガーに側にいてもらった方が都合がいいんだ。お前みたいに、自分の力を余所に売れるほど、実力があるわけでもないしね」
「お前……」
 目標とするリーガー……誰なのかは考えなくても分かる。マスクは慣れ親しんだ呼び方ではなく、まるで他人を指すような言葉を用いた。
 そして「今のところはまだ」というセリフ。
 コイツ――
「……悪い。俺、お前のこと侮ってた」
 ウインディは素直に謝った。マスクは楽しそうに笑う。
「いいよ、別に。今はその方がいい。後の皆の反応が楽しみだから」
「なんだそりゃ。それ少し性格悪いぞ」
「俺、そんなに良い子に見える?」
 そう言ってマスクは微笑む。これ見よがしに、にっこりと。
 ウインディは脱力した。
「見えません。全っ然見えません」
 そして二人で笑う。
「――スポーツが好きとか、いい試合がしたいとか、俺にとっては今更な話。お前達の方が気付くの遅いんだよ」
「うっ、お前に言われると、ちょっとショックだ……」
 遅れていると思っていた相手に遅いと言われると、侮っていたのは申し訳ないと思いつつも、やはり引っかかる。
「……と言うか、俺はずっと前に痛い目見てるから、思い知らされたって感じなんだけど」
 と苦笑いを浮かべてマスクが言う。
「痛い目……?」
「そう。そしてウインディはこの前痛い目に遭った。俺の方が偶然先だったってだけの話さ」
「……そうか」
 マスクが遭った痛い目が何なのか気にはなったが、彼が浮かべた苦笑いが自嘲的なものに見えたので、ウインディは追及するのをやめた。
 今はただ、このゴールド3兄弟の末弟も更なる高みを求めているという事実を、嬉しいとだけ考えることにする。
 リーガーも人も、何かに遭い、それを乗り越えて成長していくもの。どんなに心に傷を残そうとも、その経験が無駄になることは決してない。口には出さなくても、マスクはその“痛い目”を受け入れ、己の糧にしているのだ。自分で蹴りを付けたことに、他者が口を挟むべきではない。
「頑張れよ」
 ウインディはそれだけを口にした。
「どっちかっつーと、それは俺のセリフなんだけど。でもアリガトウ。お前も頑張れよ。活躍楽しみにしてるぜ」
「おう」


 それぞれの思いを胸に、リーガー達は再び歩き始める。



END
ウインディの話っぽいですが、マスクの話です。
マスクがメインです。
マスクがかっこよく書かれてます。
……当然でしょ! 宮代はマスクFANなんだから! 
IL−TOP

-Powered by HTML DWARF-