太陽の下には花と女神

リーガーTOP
 その存在感は、そう簡単に消せるものではない。

 誰かは“フィールドの花”と称し、誰かは“スタジアムの女神”と呼ぶ。他にも呼び名はあれど、どれも的を得ていて充分ではない。
 彼女がひとたびマイクを握れば、その太陽のような声は情熱みなぎる聖なる領域に彩りを添える。
 その存在感は、そう簡単に消せるものではない。
 顔のペイントを消していたって、髪型を変えていたって、サングラスをかけていたって、一目で判る。
 スタジアムの花。
 フィールドの女神。
「ジョージィ=アイランド……」
 ゴールドフットが気まぐれに立ち寄ったコーヒースタンドの片隅に、その姿はあった。
 氷の溶けかけたアイスミルクティーを前に、物憂げに外を眺めているように見えるのは、午後から振り出した雨のせいか。そしてそんな彼女に話しかけようなんて気にフットがなったのも。
「よう」
 ジョージィの傍らに立ち、声をかける。フットを視界に捕えた彼女は、驚きのあまり立ち上がった。
「ゴールドフット!」
 仕事ではよく話すものの、それ以外の場所で言葉を交わすのは初めてかもしれない。ジョージィの驚き振りを見て、ふと思った。
 ……いや、一度あったか。UNシルバー騒動の際、ダークプリンスがウインディ率いる真シルバーに試合を申し込んだ時。
 マッハウインディ。
 そういえばこのリポーターはウインディのことが好きなんだったか。
「仕事はどうした?」
 とりあえず座れと手で合図して尋ねると、ジョージィは笑みを浮かべて「オフですよ」と答える。
「ゴールドフットも今日はオフでしょう?」
「野球はやるみてぇだが?」
「全ての試合に行くわけにはいかないですよ。私の身は一つですもの」
 それもそうだ。ダークプリンスやキングスの試合には必ずいるイメージがあったが、実際よく思い出してみると、そうではない。
 ジョージィ=アイランドは種目を問わず何処へでも出向く。だが彼女が現れるのは、大概注目されている対戦カードの時だ。ということは、今晩のキングス戦はそれほどでもないということか。
「多忙な人気リポーターが、折角のオフにこんな所でぼーっと時間を潰してんのか」
「多忙だからこそ、こういう時間が欲しくなるんですよ」
「てっきりウインディがいなくなって寂しくなったのかと思ったぜ」
 からかうように言う。ジョージィは苦笑いを浮かべた。
「あなたにまでそういうこと言われるとは思わなかったわ」
「てめぇがウインディ好きなのは有名だろ。あれだけ様様言ってたんだからよ」
「まぁ、そうなんですけど」
 肩をすくめ、アイスミルクティーを一口。
「ゴールドフットこそ、ライバルがいなくなって寂しいんじゃないんですか?」
「……仕返しかよ」
「聞き飽きました?」
 そう言ってジョージィはにっこり笑う。フットは舌打し、持っていたオイルカップに口を付けた。
「……全く寂しくないと言えば嘘になりますが、祝福してますから。それに、楽しみじゃないですか。更に素敵にかっこよくなったウインディ様が、世界の大舞台で最高のサッカーを披露してくれるのが」
 ジョージィはフットに笑って見せた。先程のイタズラじみた笑顔ではなく、それはまるで――
「伊達にこの仕事してませんから。好きなんですよ、アイアンリーグ」
 ――花、というか女神というか。
 淀みない、まっすぐな笑顔。心の底から楽しそうな、嬉しそうな……
「そうかよ」
 向けられた笑顔に内心なるほどなぁと思いながら返す。
「もちろん晴れの大舞台のリポーターは私がやるんです。そしてヒーローインタビューはウインディ様vvv」
「さぁ、そいつはどうかな」
 一人浮かれ始めたジョージィに、フットは口の片端を上げて挑むように言った。こっちだってウインディを無二のライバルと認めているからには、負けるわけにはいかない。
「……楽しみなんですよ、とても」
 ジョージィはフットの目をまっすぐ見つめ、再度、告げた。否定するのでも、対抗するのでもなく、ただ、楽しみなのだと、言った。
 ――その存在感は、そう簡単に消せるものではない。
 花も女神も実のところよく知らないが、人が彼女の何を称えたいのかはよく分かった。
「……まぁ、せいぜい頑張るんだな」
 ジョージィにとって今の仕事は天職だ。自分にサッカーがあるように、ジョージィにはリポーターがあるのだろう。そう考えると、今まで大して興味も抱かなかったリポーターという仕事に親近感が湧いた。
 そこまで情熱と誇りを持って仕事をしているのなら、素直に頑張って欲しいと思う。――素直なのは思いだけで、そんな照れ臭いこと、口では絶対に言わないが。
 事実、ジョージィにはフットの思いは伝わらなかった。
「え。それは私のセリフじゃ」
「じゃぁな」
 構わずフットは背を向けた。もはやジョージィと話をするという気まぐれは果たされた。





 外に出ると、雨が上がっていた。晴間が遠くに見える。
 歩き出したらジョージィに呼び止められた。
「あ?」
 気怠げに顔だけで振り返ると、
「ゴールドフットも頑張って!」
 晴間に見え始めた太陽のような笑顔で言われた。
「……おう」
 仕方ねぇなと言うような笑顔で、フットは応えた。










 誰かは“フィールドの花”と称し、誰かは“スタジアムの女神”と呼ぶ。
 彼女がひとたびマイクを握れば、その太陽のような声は情熱みなぎる聖なる領域に彩りを添える。

 きっと彼女は今日も何処かで歌っている。





END
2007年10月発行のコピー本『Human form Heart.』より。
ジョージィのハイテンションなあの声が好きなんです。とても楽しそうに聞こえるから不思議。
リーガーTOP

-Powered by HTML DWARF-