懺悔なんてナンセンス

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『ああ、アレ? 私は詳しく知らないんだけど……本人曰く、“無力な自分への戒めと、決意の証”だそうだよ』

 けじめと踏ん切りは付いていると思っていた。
 それなのに、“アレ”を見た途端、こんなに心を揺さ振られるとは――



「なんだフット。随分しんみりとやってるじゃねぇか」
 突然降ってきた声に、考えることに没頭していたゴールドフットは心底驚いて顔を上げた。
「兄貴……」
 立っていたのは兄のゴールドアームだ。アームは肩をすくめてテーブルの反対側に座った。
 ここはダークスポーツ財団ビルに設けられた、ダーク関係者専用のバーである。リーガー用のリキュールオイルも完備しているので、多くのダークリーガー達も利用していた。
 今日も一日をささやかな一杯の楽しみで締めくくろうと、リーガーや人間達がテーブルやカウンターを占めている。
 その片隅のテーブルで、フットは一人お気に入りのリキュールオイルをあおっていた。
 ……だがその味が分からぬほど、フットは深く考え込んでいた。
 アームが注文を取りに来たバーテンにいつものを頼んだ後、フットが口を開く。
「兄貴も一杯やりに来たのか?」
 とりあえず出した問いに、しかしアームは首を振った。
「いいや。プリンスの奴等に、昼過ぎからお前の様子が変だと聞かされてよ」
「え……」
「話しかけただけで殺されそうだから、なんとかしてくれって泣きつかれたんでな。とりあえず来てみたんだ」
「……別に殺さねぇよ……様子が変だったのは否定しねぇが」
 そう言ってフットはため息をつく。アームは苦笑いを浮かべた。
「よほどだな――何があった?」
「ああ……あー、兄貴は……」
 しかしフットは言葉を止めてしまう。
「フット?」
 促されても話さない。
 ……できなかった。
 ただ悩みを兄に打ち明けるだけなのに。何故かそれを口にするのはためらわれた。
 まるで約束を破るかの如き罪悪感が、言葉を堰き止める。約束など、何もしていないのに。
 畜生、と悪態をついて頭をかいた。心のモヤモヤがどんどん大きくなる。
「あー、もう! なんでっ、こんな……」
「話してみろよ。少しくらい軽くなるかもしれんぞ」
「分かってるけどよ! 分かってるけど……なんつーか……」
 少しばかりモヤモヤに振り回される。その間に覚悟を少しずつ積み重ね、やがて決意して一つ深呼吸をした。
「マスクの首に傷跡があるの、気付いてたか?」
 やっと本題を口にする。途端に心の枷が外れたのを感じて、フットは内心安堵した。
 一方アームは顔を険しくさせて、「ああ」とうなずいた。
「世界を旅している時に気付いた。あの時は結構ハードだったし、満足にメンテもできなかったから、あまり気にしていなかったが……何。まさか、まだ」
「残ってる。昼休み中に気が付いた。あれは……俺が付けたんだ」
 フットは搾り出すように呟いた。アームの目が細められる。いつ、どういう経緯で、とは訊かない。訊くまでもなく、事情は想像できた。
 ――強制引退騒動。フットがマスクを傷付ける理由など、それ以外にない。
「自分の意思じゃなかったとはいえ、この俺が斬ったんだ。よく見なけりゃ気付かない跡でも、俺は首を見るだけで自然と意識しちまうから、気付いた……」
「……それで、罪悪感にさいなまれていた、と?」
 だがフットは首を振った。
「違う。いや、違わねぇワケじゃねぇが……俺が気になるのは、残してる理由だ」
「マスクに聞いたのか?」
「聞けるワケねーよ。それじゃまるで『気まずいから、あの時のことは忘れろ』って言ってるようなもんだろ」
 忌まわしい記憶と言えど――いや、だからこそ、封印などしたくなかった。真っ向から向かい合っていたいのだ。
 それに……あの話を蒸し返すのが怖かった。マスクとて心に傷を負っている。それを突付く勇気はなかった。
 でも気になるのは事実で、どうしようか悩んだ挙句、メンテナンスチーフに問い詰めたのだ。
 結果、返ってきた答が――
「……“無力な自分への戒めと、決意の証”……か」
 アームはフットが聞いた理由を復唱した。
「アイツ、自分のことそんな風に……そんなこと、ないのによ。それにアイツが無事だっただけでいいのに……“あのこと”が、マスクをそんな風に苦しめるなんて、知らなかった……」
 そこまで言ってフットは、アームの考え込んでいる様子に微妙な違和感を覚えた。
 何か、違うことを考えている……?
「兄貴?」
「そうか……そこまで考えが及ばなかったな……」
「えっ?」
「……」
 アームは苦渋の表情でため息をついた。
「あの時俺は、いい奴にいい形で目を覚まさせてもらったと思ってる」
 兄の意図は分からなかったが、“いい奴”がマグナムエースであることは考えなくても分かる。
「俺だってそうだぜ。俺は、ウインディ……に……」
 フットはアームが何に気付いたのか、思い至った。そしてマスクの心を蝕むものの正体も。
「――俺とお前を救ったのが自分じゃなかったのが、悔しかったんだろ」
 現状に満足していて、マスクの心の内まで気が回らなかったが……今なら弟の無念が痛いほど分かる。
「俺達にはかけがえのないライバルがいる。でもアイツには……アイツにとっては」
 俺達が全て。「気にする必要などない」という言葉で簡単に済ませられる無力感ではない。フットは拳を握り締めてうなだれた。
「俺達ではどうすることもできねぇんじゃねぇか……」
 兄二人がマスクではないリーガーに救われたのは、どうすることもできない事実。その自分達が慰めの言葉をかけても、弟はますます自分を許せなくなるだけだ。
 マスクの心を軽くしてやるには、どうしたらいいのだろう――
「――どうにかする必要はないんじゃないか?」
「えっ!?」
 フットは兄の言葉を疑った。このままにしておけって言うのか!?
 しかし弟の心配を余所に、アームは笑みを浮かべた。
「確かにマスクの苦悩にすぐ気付けなかったのは悔やまれるが……かと言って何かできたかも分からん。それにアイツは“決意の証”とも言った。ってことは、その無念をプラスに変えられたってことだ。それなのに俺たちがお優しい言葉をかけて、わざわざその決意を無駄にさせる必要はないだろう」
 マスクは無念という経験から、自分の為になるモノを得た……フットはなるほど、と思った。同時に弟への愛おしさが込み上げてくる。
「本当にマスクの為を思うなら、今、アイツが喜ぶことをしてやりゃぁ、いい」



 次の日。
 ダークキングスが練習の合間にベンチで小休憩していると、バットを肩に担いだフットが突然乱入してきた。
「おらマスク!! ノックやんぞ、ノック!」
「はあ? 突然なんだよ、兄貴」
「ウルセェッ! やるったらやるんだよ! ホラさっさと来やがれ!」
 言いながらフットはマスクの腕を引っ張った。
「いや、まぁ、俺は別にいいけど……」
 兄と一緒にノックをするのは大歓迎だが、フットの意図が分からない。マスクは困ったようにアームを振り返った。
 しかしアームは面白いモノを見ているような笑みを浮かべて、肩をすくめただけだ。
 外のリーガー達が目を丸くして見ている中、マスクはフットに引きずられるようにグラウンドに入った。
「で、兄貴。どっちがどっちやんの?」
「俺がバットに決まってんだろうが」
「……だとは思ったけどさ」
「ぐだぐだ言ってねぇで早く守備に着け」
「兄貴がボックス行くんだろ」
「……おう、そうか」
 頭をかきながらフットはポジションに着き、担いでいたバットを下ろす。気を利かせたアームがボールの入った籠を準備し、一球フットに手渡した。
「よし、じゃ行くぞ!!」
「おうっ、来い!」
 フットの掛け声にマスクも気合を入れて応じた。
 フットが一球打ち放つと、マスクは合わせて駆け出し、取る。
「よし、次!」
 アームが渡す球をテンポ良く次々討つ。マスクも飛び出してグローブを伸ばす。
「遅ぇぞ、何やってんだ!」
「もっと早く走れ!」
「油断すんな、次々行くぞ!!」
 怒号を飛ばしながらフットが打つ。マスクも時々落としながらも一所懸命喰いつこうとする。
 その様は傍から見たらイジメのように見えなくもない。だがスポーツを愛する者達には分かっている。二人共、楽しそうだ。



 キングスとプリンス両チームの小休止の合間のノックだったので、フットは100球目で終わらせた。
「100球中34球も落としやがって」
 マスクに近付いてフットは悪態をつく。マスクは苦笑いを浮かべた。
「もう少し取れると思ったんだけど……能力不足だ、仕方がない。精進するよ」
「まったくだぜ。さぼってんなよ」
「さぼってるつもりはないんだけどなぁ。もっと気合入れて頑張るか」
 そしてマスクは改めて「兄貴」とフットを呼んだ。
「?」
「ありがとう。楽しかった。また相手してくれよ」
 そう言ってにっこり笑う。
 コイツ、俺の気も知らねぇで……と少し怒り混じりに困惑したものの、素直に笑って礼を言う弟を可愛いと思わずにはいられない。でも照れた顔を見られるのが嫌で、フットはすかさず背を向けた。
「覚悟しとけよ」
 素っ気なく答え、その場を後にした。
 照れてるんだろうなとは気付いたものの、結局マスクにはフットのノックの意図が分からなかった。自分が残している傷跡のせいだとは全く思い至らない。
「フット兄貴、なんだったんだろ?」
 近寄った兄に問い掛けたが、アームは肩をすくめただけだった。
 ――気付く必要は無い。ただお前は自分の信じた道を行けばいい……アームは心の中で呟き、そして、突然100本ノックを持ち出したフットの不器用ぶりに、喉の奥で笑わずにはいられなかった。



END
ちょっと暗い設定で小説を書いてみたかったので、マスクの首に傷を付けさせていただきました。
フットとマスクの兄弟愛はこんなカンジがいいなぁ。
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