暁のあと

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 時が過ぎ、かつては幼かった少女も、美しい娘となった。
 瓦礫の山に、花束を手向ける。ここ一帯は“象徴”として、“記念”として、当時のまま維持されていた。それを初めに提案したのは何処ぞの女好きな王様だった。彼は見目麗しい妃を迎え入れたにもかかわらず、時折顔を合わせては娘を口説いている。娘はそれが不愉快ではない。その王が本当はどういう男であるかを、よく解っているからだ。それは妃も同じのようで、王の行動は挨拶のようなものだと放っている。
 娘は今独りだ。共にいた黒き獣騎士は、既に高齢だったこともあり、再生を始めた世界を二年生きた後に大往生した。唯一の身内であった祖父も、先月他界した。こちらも大往生だった。血は繋がっていなかったが、本当の家族であった。
 瓦礫の山周辺には荒涼とした風が吹きすさんでいる。娘の金色の髪を翻弄し、去っていく。花束は飛ばされないように、瓦礫の隙間に入れた。
 ここを訪れるのは初めてではない。毎年仲間達と必ず一回は来て、こうして花束を手向ける。天駆ける賭博師の翼は本当に便利だ。世界中何処だろうと、行きたい所へあっと言う間に着いてしまう。
 瓦礫の下には、仲間が一人、眠っている。……多分。娘はその死体を確認していない。脱出する時、共にいなかった。そしてその後も、一度も姿を見ていない。
 あの時、雄々しき“鷲”と、幻獣の愛し子の力なしに脱出することは不可能だったと、娘は理解している。だから“多分”死んでいるという思いは、ただの願望でしかないというのも、自覚していた。
 そういえば傷だらけの賭博師がいつか言っていた。たとえ助かっていたとしても、姿を現さないのだから、自分達が知っているアイツはこの世に存在していないのも同じだと。娘はその通りだと思う。だからこうして花束を手向ける。



「そろそろ理由を話してくれてもいいんじゃないか、リルム?」
 手を合わせて黙祷しているリルムの背中に、エドガーが声をかける。
「突然セッツァーを貸して欲しいなんて言い出して。お陰でウチの飛空挺の改良を中断させてしまった」
 セッツァーから飛空挺の技術がフィガロにもたらされた後、エドガーは熱心にその改良に力を注いでいた。リルムがセッツァーに声をかけた時、ちょうどセッツァーはエドガーの元で改良の立会いをしていたのだった。
「別に一人でやってたら良かったじゃない。常にセッツァーの力を借りてるワケじゃないんでしょ。余計な好奇心で勝手に付いてきたのはソッチじゃん」
 ため息をつき、リルムが答える。顔は花束を見下ろしたまま動かない。
「あんまり放ったらかしにしてると、愛想尽かされるんじゃないの?」
 フィガロの王妃に、だ。しかしエドガーは笑った。
「今更な話だろ」
「自分で言ってりゃ世話ないね」
「で、どうなんだ」
 突然瓦礫の塔跡地に来た理由を教えてもらえるのか。エドガーはリルムの言葉を待つ。
「……」
 しばし、沈黙を要した。
「……先月、ジジイが死んだでしょ」
 低く、呟くようにリルムが言う。
「そうだな。大往生だった」
「その少し前、昔話を聞かされたんだ」
「その内容を、伺ってもいいかな、レディ?」
「あたしのパパの話」
「……ふむ」
 エドガーは目を細めた。頭の回転が速い王、すぐに脈絡を察した。
「想像できる答えは二通りあるね。どちらかな」
 被害者か、はたまた――本人か。
「あたし、全然気付かなかった」
 リルムははっきり答えを返さなかった。ただ、まるで罪の自供でもするように呟く。
 それが、答だ。
「全然、知らなかったよ……」
 やがて声に涙が混じる。
「そんなの、考えたこともなかった!」
 エドガーに向き直り、涙で濡れた瞳で叫んだ。
「全部、全部終わった後だよ!? もう、何もかもが手遅れなんだよ!」
 もう、帰ってこない。“おそらく”――馬鹿、それは願望だ。
 正しい立場で、正しい関係で、言葉を交わすことはなかった。そしてこの先も、ない。
 会いたいと切望していた両親。その片割れでも、会えるなら会いたかった。パパと呼びたかった。呼んで抱きつきたかった。抱き締めて欲しかった。側にありながら、叶わぬ願いとなった。
 知らなかったし、向こうも何も言わなかった。パパは、娘を見ても、側にいても、なんとも思わなかったのだろうか――
 ……いや、そんなはずはない。何故なら彼は狂った道化師の前で宣言したのだ。大切なものは友と家族、と。あの男にも家族がいたのだと、微かな驚きと共に記憶している。
「っ……!」
 顔を覆い、リルムは泣き出した。
 全て、今更な想像。今更な憶測。過ぎたことを悔やんでも、もはやどうしようもない。
 ――どうしようもない、けれど。
「……」
 エドガーはリルムを抱き締めた。
 どうしようもないけれど、悲しくて悲しくて仕方ない。それがリルムの体から止めどなく溢れ出てくる。
 何故、娘に真実を打ち明けなかったのか、それはいくつか憶測できる。だがエドガーは何も言わなかった。それを口にしたところで、安っぽい気休めにしかならない。そんなものをこの娘が欲しているかは、はなはだ疑問だった。
 だから彼は、ただ、問うた。
「知らなければ良かったと、思うかい?」
 真実を。
「……」
 少女は、かぶりを振った。即答だった。ほら、やっぱり。リルムに慰めは必要ない。
「今の内にたくさん泣いてしまいなさい、可愛いレディ」
 腕の中で泣きじゃくるリルムに、エドガーは優しく語りかけた。
「君に涙は似合わないから、今の内だけ。そうしたら、まっすぐ前を見据え、素敵な笑顔を見せてくれ。それが一番君に似合うよ、リルム」



「エドガーが知っている、“おっちゃん”の話を聞かせて欲しいの。全て」
 涙を拭い、リルムは言った。笑顔だ。瞳に哀しみの名残をたたえてはいるが、かつての少女は笑っていた。
「喜んで。マッシュやカイエンからも聞いてみるといい。一時、共に旅をしていたというから」
「うん」
「じゃぁ、早速我が王城にお越し願おうか。セッツァーもファルコンの中でいい加減待ちくたびれているだろうし」
「そうだね」
 うなずき、リルムは再び瓦礫の山を振り返った。
 パパ。
 心の中で、叶わなかった呼び方を口にする。
 見上げると、鳥の影がリルムの顔を通り過ぎていった。





END
東京で買ったシャドウ本に感化されて考えた物語です。
大好きでしたシャドウ。
瓦礫の塔崩壊後に生き残るver.もいいし、死にオチも良し。
素晴らしきかな同人世界。
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