命の螺旋

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 明日にはシンを倒すべく行動を起こす。





 タイムリミットは近付いていた。








 ブリッジへと続く短い連絡通路。
 いろいろな思いを交錯させながら彼がそこにいると、金髪のアルベドの少女がやってきた。
 ただの通りすがりだろうと思って放っておくと、彼女は少しムッとした声音で、寝ないのかと声をかけてきた。
「お前はどうなんだ」
「えっ? あ、あたしは……って、質問してるのはこっち! そうやっていっつも話はぐらかそうとするんだから」
 ため息混じりにリュックはそう言い、アーロンの左隣に座り込んだ。
「……眠れないよ。明日にはあのシンと戦うんだよ……今まで誰もなしえなかったことを、あたし達がやるんだよ……?」
「怖じ気付いたか」
「なっ! バッ……! 違うよ!!」
 怒鳴ってアーロンの足をバシリと叩く。叩かれた当人は前方斜め45°下の虚空を見たまま動かさずにいた目線を、リュックに移した。
「興奮しちゃってんのかな」
 リュックは抱え込んだ膝にアゴを乗せて呟いた。
「胸がドキドキして止まんない。少し不安があるのは確かだけど……でもね」
 リュックの顔に、何かを期待する子供のような笑みが浮かぶ。
「あのシンをあたし達が倒すんだよ。それを考えただけでドキドキワクワクしちゃってさ」
 そしてアーロンにニヘッと笑って見せた。
「あの作戦が全て上手くいくとは限ら」
「大丈夫だよ」
 アーロンの言葉を打ち消し、リュックは断言した。
「上手くいく。絶対に」
 そう言う彼女の顔が、心なしか少し怒っているように見える。
 アーロンは目を見張った。大人顔負けの気迫。恐れを知らぬ強い眼差し。
「ふっ……」
 思わず自嘲の笑みがこぼれた。
 ――リュックは、自ら戦う道を選んだ若者の一人。
「……何?」
 アーロンが何を考えているのか分かるはずもないリュックは、突然笑われて眉をひそめた。それからはっとして。
「あ! ノーテンキだとか思ってるんでしょ! 分かってないなぁ」
「何をだ」
 そのようなことは少しも思ってはいなかったが、リュックが何を言い出そうとしているのか気になったので、続きを促してみる。
「疑ったら、成功するものも成功しなくなるんだよ!」
「……」
 アーロンは口の端を上げた。
「若いな」
「なん……!?」
「褒めてるんだ」
「……」
 恥ずかしそうに、気まずそうに、リュックは顔を伏せた。
「…………もしかしてあたし……今……上手く丸め込まれた……?」
 上目遣いでアーロンを見上げるリュックの顔が、複雑な心境を訴えている。
 本当に褒めたのだ……が。
「さあな」
 あえて挑発するような返事をしてやる。
 リュックはため息をついた。
「……話はぐらかすの好きだね……ホント……」
 そう呟いてリュックは膝に顔をうずめる。
 アーロンは彼女から視線を外した。
 彼は話をはぐらかすのが好きなわけではない。『自分の物語』上、共に旅をする若者達に大事な部分を話すわけにはいかなかった、というのもあっただろうし、何より自分の心情を吐き出すことによって、湧き上がる過去の悔しさや怒り、そして悲しみを抑えきれなくなるのを嫌った……のだろうと思う。
 もっとも今回の二つのはぐらかしは、単に己の心の内を悟られぬようにするためのものだったのだが。
「もう慣れたからいいけどさ……ところでおっちゃん」
「なんだ」
「おっちゃんは、シンを倒したらどうするの?」
「何故そんなことを聞く?」
「……」
 リュックの目が険しくなった。さすがにまずかったかな、とアーロンは思った。だが自然と口から言葉が出てきてしまったのだから仕方がない。はぐらかすのが好きなのではなく、性分なのかもしれない。
「……お前はどうなんだ?」
 リュックはまだ不満そうな顔をしていたが、すぐに諦めたようにため息をついて、立ち上がった。
「あたしはね、ホームの再建」
「そうか」
「で、おっちゃんは?」
「……」
 なんと答えればいいのか、アーロンは悩んだ。死人である彼は、シンを倒したら消えるつもりでいた。だがティーダとキマリ以外に死人であるということを知ってる者はいないはずである。だからこの少女にそのことを話すわけにはいかない。
「……そうだな……とりあえず、何も気にせずに、眠りたい」
 比喩。
 それを聞いてリュックは笑った。
「今まで安らかに眠れる夜なんてなかったからね。似合わず、のんびりな答出してくれたなぁ。でもその後は?」
「その時になってから考える」
「夢ないなぁ! おっちゃんまだ35でしょー? まだまだこれからじゃない」
「それは人それぞれの考え方による」
 あえて望みを言うならば――友に会いたい――それだけ。
「じゃあ……じゃあさ。ホームの再建手伝ってよ。うん、それがいい、そうしよう! 決定!! ってコトでヨロシク」
 そう言ってリュックはアーロンの腕を叩く。
 アーロンはため息をついた。
「その時になったら考える」
 “その時”など永遠に来はしない。だが出来もしないのに「イエス」と答えるよりも、「ノー」と答えてリュックに「薄情だ!!」などと騒々しくされるよりも、よっぽどいい答えだとアーロンは思った。
「……シン打倒に全力投球の構えだね」
「そうしなければ何も始まらん」
「…………何も、終わらないしね」
 突然、リュックの声のトーンが下がった。今までのテンションが嘘のように消えている。
「リュック?」
 呼びかけるとリュックは顔をうつむかせ、アーロンの腕を通していない袖をギュッと握った。
「……気付いていたのか」
 『スピラ』の前ではギリギリまで生者でいること。それはアーロンにとってケジメであった。
 シンを倒すために二人の友が犠牲になり――それに納得できず、ユウナレスカに挑んで惨敗し、後に命を落とすも死人となってこの世に留まった『伝説の』ガード・アーロン。彼もある意味、召喚士や究極召喚の祈り子と同じ、死の螺旋の哀れな犠牲者である。自然の摂理に反したその犠牲者が、己の物語を終わらせるために立ち上がるには、生者のフリをする必要があった。友の子とその仲間達を導くのも、スピラの死の螺旋を断ち切るのも、生者の方が大きな意味を持つ。
 だからティーダ以外には話さなかった事実を、この少女は。
「いつからだ?」
「グアドサラムでおっちゃん異界に行かなくて……ユウナんがジスカルを異界送りしている時、なんだか苦しそうにしてて……その時もしかしたらって思った。そしてこの前のエボン=ドームでの記憶で確信したんだ。本当は……予想を裏切ってほしかったのに……」
 リュックはアーロンの胸にしがみついた。
「ねぇ、あたしではおっちゃんをこの世に留まらせることはできないの……?」
「……」
「本当に、本当に、誰にも何にも無理なの?」
「俺は、摂理に反した存在だ。本来ならばいてはならない」
「そんなの関係ないよ! あたしは……あたしはおっちゃんの側にいたい」
「……」
「だって、あたし……っ」
「リュック」
「あたしおっちゃんのこ」
「リュック!!」
 叫ばれてリュックは体をすくませた。言おうとしていた言葉が喉の奥で消え失せる。
 緑の目がアーロンを見上げた。
「……死人に言う言葉ではない」
 それを聞いたリュックの表情が悲しみに歪んだ。彼女はその顔をアーロンの胸にうずめる。
 アーロンは金髪の頭に手を置いた。
「……結婚したら、子供をたくさん産むのが夢だったんじゃないのか?」
「……なんで知ってんの……?」
「いつぞやユウナに話していたな」
「盗み聞きなんて趣味悪い」
「お前の声がでかいだけだ」
 一呼吸分の沈黙の後。
「いい夢だと……思う」
 リュックは顔を上げた。
「シンのいない時代に産まれた子供達は、平和の象徴となるだろう。彼等はスピラの新たな希望となる。まやかしではない、本当の……な。その数が多ければ多いほど、スピラを照らす希望の光も強くなる」
 ここでアーロンは息をついた。
「……お前が母親ならば、その子供達は幸せに暮らせるだろうな……」
 アーロンの手がリュックの前髪をかき上げた。彼女の目がよく見えるように。
「ひたむきで真っ直ぐな、強く熱い思い――」
 千年もの間姿を変えることのなかったこのスピラの地にありながら、変革を望み、確固たる意志を持って走り続け、そして未来のために自ら戦う道を選び取った、アルベドの娘――
「俺には……なかったものだ」
 彼がリュックへの思いを表す、最大限の言葉だった。
 リュックは再びアーロンの胸に額を付け……やがて懸命に声を押し殺しながら泣き出した。
「ゴメン……ゴメン……本当は、泣くつもり……なかったのに……」
 アーロンは少女の震える肩に腕を回した。
「何故謝る」
「だっておっちゃん……そういうのウザそうだから……ひっく……だから、本当は、本当はね……笑って、後腐れなくオワカレ言うつもりだったのに……」
 アーロンは、言葉をかける代わりに、リュックの肩を抱く腕に力を込めた。
 リュックはしばらくアーロンの腕の中で泣いていた。アーロンは好きなだけ泣かせてやろうと考えていたのだが、少女は思ったよりも早く泣きやんだ。
「ゴメン……もう、大丈夫」
 声に涙の余韻を残しながらそう呟いて、リュックは体を離した。そして腕で乱暴に涙を拭い、微笑んだ。
 少し無理をしているような笑顔。アーロンは彼女の悲しみを少しでも軽くすることはできないかと思案したが、すぐにやめた。この笑顔はリュックの覚悟の証。アーロンからの言動はそれを揺るがし、かえって悲しませるとこになるだろう。
「……そうか」
 アーロンが、これ以上は下手に言葉をかけられないと思い、それだけを返すと、リュックは人差し指で頬をかいた。照れた時の彼女の癖だ。
「……ワニダソ」ありがと。
「いや……」
「あ、そうだ! あのねっ」
 突然調子の変わったリュックに、アーロンは怪訝そうな目を向けた。
 リュックはニヤニヤしながらアーロンを見上げ……サッと彼のサングラスを取り上げた。
 ますます意味が分からず眉をひそめるアーロンに、リュックはサングラスをひらひらさせながらウインクをする。そして。
「コレ、ちょうだい」
「……何?」
「記念に欲しいんだ。あ、ちゃんと別のサングラス用意したから、おかしく思われることはないよ」
 そう言ってリュックは足のポーチからアーロンのサングラスと似たデザインのそれを取り出した。
「同じのって探したんだけどなかったんだ。でもこれ結構似てるから、替えたってコトは気付かれないよ」
 そして自分が用意したサングラスをアーロンにかけてやる。
「それを持って異界へ旅立って。ね?」
 アーロンをサングラスの位置を整えながら、ふっと笑った。これがリュックのケジメのつけ方なのだろう。洒落たことをする、と思った。
「あたしが起きてた理由は、本当はコレだったんだ」
 そう言ってリュックは指で頬をかく。
「じゃ……オヤスミ。明日、頑張ろうね」
 にっこり微笑み、リュックはきびすを返した。普段と変わらぬ足取りでアーロンから離れていく。
 これで、終わり。
 後は仲間達と共にシンを倒し、アーロンは異界へ。リュックはユウナ達と共に、新たな一歩を――





 突然リュックがアーロンを振り返った。
「あたし、後悔はしたくないんだ」





 再びアーロンに駆け寄ったリュックは、その死人の胸倉を掴んで上体をかがませ――口付けた。
「じゃ、ね」
 そしてリュックは今度こそ、連絡通路から出ていった。痛々しいほどに輝かしい笑顔残して。
 アーロンは少女が消えた扉をしばらく見つめていた。





 やがて、彼の唇が笑みを形作る。
 見守るような、穏やかな微笑みだった。



END
コピー本より『命の螺旋』でした。
構想立案頓挫を何度か繰り返しただけあって、出来は結構上々(笑)
アーロンvリュック本のハズが、何気にリュック賞賛本になってしまったのはご愛嬌。
や、リュック大好きなんだけど。
ちなみにタイトルは執筆当初『生の螺旋』でした。『セイ ノ ラセン』。
でもどう見たって『ナマ ノ ラセン』だよねってことで『イノチ ノ ラセン』になりましたとさ。
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