大きな桜の木の下で

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「おじちゃーん」
 悪魔退治の帰り途中、突然ジャックフロストがキョウジを呼び止めた。今は草木の眠る丑三つ時なので、キョウジは周りの目を気にすることなく仲魔を連れ歩いている。
「どうした?」
 キョウジはジャックフロストを振り返った。そして思わず微笑む。
 ジャックフロストは一軒家の庭の、満開に咲いている一本の桜を指差しながらぴょんぴょん飛び跳ねていた。
「これきれいだよー。ねぇ、この木なんて名前なの?」
「これは“桜”っていうんだ。日本の花だよ。春になるとこうして咲くんだ」
「へぇ〜、さくらかぁ」
 そう呟いてジャックフロストはにまっと笑った。
「もうそんな時期になったんだなぁ……」
「そんな時期、とは?」
 クー・フーリンがキョウジを見て尋ねる。
「え? あぁ、俺が……いや、やっぱりいい。なんでもない」
 キョウジは照れたような表情をして顔を伏せた。クー・フーリンは首をかしげる。
 ジャックランタンが笑った。
「馬鹿だなぁ、クー・フーリンの旦那は。キョウジの兄貴は元々」
「ジャックランタン」
 キョウジは笑顔のまま、しかし咎めるように名を呼ぶ。ジャックランタンはキョウジが何を言いたかったのか理解して、肩をすくめて口をつぐんだ。
 キョウジは過去を他言しないようにしていた。そして他言されないようにも。彼が本物のキョウジではないことを知っているのは、彼を取り巻く一部の者達だけである。
「……あぁ、そうでしたね。すまない。改めて人の過去を探るのは無粋でしたね」
 クー・フーリンは話の内容を理解して苦笑いを浮かべた。キョウジは「気にしなくていい」と頭を振る。
 あの時は大変だった。キョウジは事件に巻き込まれた当初を思い出して深く息を吐いた。当時のキョウジは無情に流れる運命に翻弄されてばかりだった。最終的には解決できたが……あれが本当に解決したと言えるのかどうか。本物の葛葉キョウジは元の体に戻れなかったし、自分もこの通りキョウジの体に収まってしまった。本当の肉体は病院で一生目覚めることなく眠っている。これで本当に終わったと言えるのか。
 頭で割り切っていても、その疑問は時折キョウジを苛んだ。両親のことを考えると、やりきれない――
「何を考えているのですか?」
 黙って桜を観賞していたスカアハが突然口を開いた。
「いや、イナルナの事件は大変だったなと思って」
「なるほど。デビルサマナーとして未熟だった貴方にとって、さぞや大変だったことでしょう」
「あの事件が本当に解決したのか……時折疑問に思うよ」
 キョウジは心の内を語った。暗に疑問を投げかけた形になる。相手が人間だったら決して言わなかっただろう。
「何? おじちゃんは解決したと思ってないの?」
 ジャックフロストが口を挟む。キョウジは答えず、スカアハの答えを待った。
 スカアハはちょっと間を空け、言った。
「愚問ですね」
「えっ?」
「そんな疑問を我々に投げかけるなど、愚かだと言ったのです。我々は悪魔です。人間の問題にはあまり興味がない。今は貴方と契約を結んでいるからこうして手を貸しているだけであって」
「そうか……そうだよな」
 キョウジはうつむいた。胸を突くような答えを期待していたので、落胆したのは否めない。
 だが。
「……ですが、確かに人間の過去の問題ではありましたが、我々悪魔も無関係というわけではありませんでしたしね――キョウジ、我々は決して完全ではありません。ましてや人間なぞ、過ちばかりではないですか。ですがそれでも人間含め我々はそれに屈することなく己に許された時間を生きている」
 つまり、とスカアハは微笑んだ。
「要は考え方次第だということです」
「考え方次第、か……」
 キョウジは目をしばたかせた。
「へぇ、スカアハの姉貴もたまには面白いことを言うんだな」
 ジャックランタンが感心したように言う。
「いつもはそんないい加減な言い方しないのだが」
 そう言ってクー・フーリンはくすくす笑う。スカアハは苦笑した。
「私とて時と場合によっては、必要ならば言います」
「……」
 過ちに屈することなく、己に許された時間を生きている――言い方を替えれば、時間を許されているのだから、屈することなく生きなければならないということになる。
 要は考え方次第。結局はそれしかない。高位の悪魔すら、そんな考え方を持つのだ。
「……俺は、デビルサマナーとしてやっていけるかね」
 更に問い掛けてみる。弱気な発言ではあったが、付き従う悪魔がなんと答えるのか興味があった。
「それこそ愚問ですね」
 スカアハは即答した。
「兄貴は馬鹿だなぁ〜」
 呆れたようにジャックランタンが言う。
「悪魔にそんなこと訊くな、って?」
「違います。我々は認めた相手としか契約せぬ」
「……それもそうか」
 ということは、とりあえずこのメンバーには認められているということだ。
「それに、貴方が事件を回顧した時、私はなんと言いました?」
 とスカアハが問う。キョウジは首をかしげてしばし考え……
「デビルサマナーとして未熟“だった”と申し上げたはず」
「あ」
 スカアハの言葉は過去形になっていた。つまり、未熟だったのは過去のことで、今は腕のいいデビルサマナーだと言っているのである。
 キョウジは苦笑いを浮かべながら「ありがとう」と呟いた。
「御世辞でも嬉しいよ」
「御世辞ではありません。御自分でもデビルサマナーが肌に合っていると思っているのではないのですか?」
「肌に合うのと腕の良さは違うと思うけどー」
 ジャックフロストがそう言うと、クー・フーリンが笑った。
「そうでもない。肌に合うということは、素質があるかもしれないということだ。素質があれば腕は良くなる」
「ふーん、そういうものなんだ」
「要は考え方次第ってか」
 そう言ってキョウジは笑った。
 確かに自分は己の本来の体に戻ることはできなかった。しかしそれはそれで、彼はデビルサマナーとして生きるのは悪くないと思っているし、現にこうして仲魔達と話をしたりするのも楽しいと感じている。本当のキョウジも体を乗り換えての生活に満更でもない思いを持っているようだ。もっとも不満な態度を表に出さないようにしているだけなのかもしれないが。
 自分の体が眠っているのに関しては、これから考えていこうと思う。これは今のキョウジにとって重要な問題だろう。
 とりあえず今は。頭上で花咲く桜を観賞していよう。そして感謝しよう。今回の会話のきっかけを与えてくれたのだから。
「おじちゃん、誰か来るよ!」
「お、ヤバイ。逃げるぞ!」
 キョウジは仲魔達と走りながら、不思議な縁で手に入れた幸せを感じていた。



END
平成9年に作ったコピー本『俺様はまだ死んでない!!』より。
あまりにも若すぎる(笑)文章だったので、大幅な加筆修正が入ってますけど(笑)
でもまぁ、会話のやりとりはだいたいそのままです。ちょっと付け足したくらい。

ちなみになんでこのメンツかっていうと、当時スカアハが大好きだったからです。
で、スカアハとくれば弟子のクー・フーリンを入れちゃおう、と。
ジャックフロストとジャックランタンは愛嬌(笑)癒されるじゃな〜い。
クリアしてるくらいの実力なら、80代レベルの悪魔とか普通にいるんでしょうけど、あえて。

本当に好きな悪魔は女神スカアハの他に、邪鬼オーガと夜魔ザントマンと死神チェルノボグと鬼神ティールです。
でもティールは使い勝手がアレなので、仲魔にはしない(笑)多分スカアハも。
チェルノボグはどうかな……

更にちなみに言うと、この小説書いてた時は、ゲームがまだ未プレイだったっていうオチが(爆)
愛の力って凄いね。今もクリアしてないけどね!
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