例えば、穴

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 足元が崩れ、メガトロンは開いた穴へと見事に落ちていった。飛んで落下を免れようにも、共に落ちていく土砂がそれを阻む。結局彼は足が地に付くまで身動き一つ取れなかった。
 落下距離のわりに着地の衝撃は小さかった。どうやら途中から穴が傾斜していて、滑り落ちる形になっていたらしい。土砂と共に穴から吐き出され、メガトロンはやっと我が身の支配権を取り戻す。土砂の量が彼を押し潰すほどではなかったのが幸いした。
『メガ−ロン様、−ガトロンさ−! 御無−ですか!?』
 通信機からレーザーウェーブが主の身を案じる。声にノイズが入っているのは遠いからか、それとも通信機が損傷してしまったためか。
「大丈夫だ。かなり落ちてしまったようだが」
 どれくらい落ちたかと穴を見上げれば、土砂で完全に埋まって一寸先も望めない。もちろん戻ることもできぬ。
「しかしここは何処だ?」
 振り返ればトランスフォーマー一人がぎりぎり通れるほどの穴がずっと先まで続いている。
「穴がまっすぐ何処かに伸びているが」
『そう−えばこの下−移動用パイプライン−開通予て−地になって−たはず。メガトロ−様がいらっしゃ−のは、おそ−く掘削用ガイドホールでし−う』
「では方角からすると、まっすぐ進んでいけばターミナルゲートに辿り着くな」
『至急ター−ナルゲート−らも迎えを遣わしま−』
「うむ、頼むぞ」
『Yes, sir.』
「……仕方ない」
 通信を終了したメガトロンは一つ息をつき、ターミナルゲートへと歩き出した。




















 長い。
 代わり映えのしない光景がメガトロンをじわりじわりと焦らせた。しかも彼は気が長い方ではない。いい加減うんざりしてくる。それでも、そんな変わり映えのしない光景の中でおとなしく迎えを待つということができる性格でもないので、歩くしかない。
 一度走ってみようかとも思ったが、エネルギー残量が充分ではなかったし、いたずらに回路を疲労させるのも得策とは言えないのでやめた。何せこの穴が何処まで続いているか分からないのだ。
 内蔵時計とコンパスはとっくの昔に信じられなくなっていた。長く変わり映えのしない光景はメガトロンに内蔵計器を狂わされているような錯覚に陥らせた。本当にこの道はターミナルゲートに続いているのだろうか? 時間の感覚も然りだ。長く歩いたつもりだったが、実際は大して時間が経過していないかもしれない。ええと、落下したのはいつだったか? 元より時間を確認していなかった。
 とにかくもう、ひたすら歩くしかない。




















 一体どれだけ進んだだろう。そしてあとどれくらい進まなければならないのだろう。メガトロンは一息つくつもりで後ろを振り返った。
「……」
 ――なんの、冗談か。メガトロンは愕然とした。

 道がない!!

 今まで延々歩いてきたはずの道がないのだ! あるのは目の前に立ち塞がる壁だけである。
「馬鹿な」
 これは一体どういうことか。こんなおかしなことがあっていいのか。若干混乱に陥りながら壁に触れる。……壁は確かにある。ずっとここにあったかのように、立ちはだかっている。
 不安になって進行方向を振り返った。道は続いていた。まっすぐ、何処までも、まっすぐに。
 再び壁に向き直る。そのまま後ろ向きに歩き出した。壁が少しずつ遠ざかる。ある程度離れた所で前を向いた。道が伸びている。また後ろを振り向く。
 壁。目前に。
「ッ!」
 まるで悪い夢だ。一体なんなのだ。何か全身がぞわぞわしてきた。怖気だとは思いたくない。この破壊大帝メガトロンが怖気付くなどと、そんな情けないこと、あるはずがない。あっていいわけがない。
 次に横の壁に指先で×印を刻んだ。そして前を向いてある程度進む。振り返ると、やはり目前には壁だ。脇を見れば……印はない。
「……」
 進んでいる、と考えていいのだろうか。だがそれが明らかになったところで、果たして意味があるのだろうか。道に終わりは、あるのか?
「クソッ!!」
 自棄になったようにメガトロンは肩を怒らせて歩き出した。




















「……」
 更に進んだメガトロンだったが、やがて立ち止まって拳を握り締めた。そして肩を震わせ、獰猛な野獣にように唸る。
 彼の中で暴れ始めた感情が急激に膨らんだ。
「ぅおのれえぇぇぇッ!!」
 突き動かされるままカノン砲の威力を最大まで上げ、背後の壁に撃ち放つ。壁に直撃したエネルギーが炸裂し、膨大な光と爆風を生んだ。
「ぬおッ!」
 無様にも見事にあおられ、地面に投げ出されたメガトロンは背面を強かに打った。駆動系回路が一瞬停止。だがすぐに回復し、メガトロンは後頭部をさすりながら上体を起こした。
「いたた……クソッ」
 悪態を付きつつ、壁に目を向ける。煙で覆われていた視界がだんだん晴れていく――
「!」
 メガトロンはぽかんと口を開け、凍り付いた。
 壁には傷一つ付いていなかった。
 何物をも破壊するメガトロン御自慢のカノン砲――しかも最大出力の――が全く通用しない。
「……」
 メガトロンは頭をさすっていた右手を下ろし、緩慢な動作で左腕を口の前に持ってきた。そしてそこに内蔵している通信機を起動させ、レーザーウェーブを呼び出そうと試みる。
「レーザーウェーブ、聞こえるか。レーザーウェーブ」
 ……返る声はない。メガトロンはやはり緩慢な動作で腕を下ろした。落胆はなかった。正直、やはりなという気分だった。だってもはや何もかもが理解を超えている。かえって返事があった方が驚きだ。
 メガトロンは立ち上がり、再び歩き出した。
 これではっきりした。
 歩くしかない。





 一度気持ちが据わると、頭が冷静にいろいろなことを考え始めた。
 自分の不在が今回の作戦にどう悪影響を及ぼすか、わずらわしいサイバトロンがどう反撃してきているか、スタースクリームがまた馬鹿なことを企み始めているのではないか、次に狙うエネルギーは何にするか、また作戦はどうするか、セイバートロン星に送るエネルゴンキューブはどれくらいにするか、等々エトセトラ。
 ……エネルゴンキューブ。セイバートロン星の分を充分に確保できていないのが忌々しい。サイバトロン共のせいで自分達の食い扶持すら危うい時もある。地球は決して資源の乏しい星ではないはずなのだが、何故にこうも上手く事が運ばぬのか。セイバートロン星でやりくりをするレーザーウェーブを思うと、尚更腹立たしくなる。おのれ、それもこれも皆あの憎きコンボイのせいだ――



 そこでメガトロンは気が付いた。
 何故、今まで全く気が付かなかったのか。
「儂は地球にいたではないか。何故セイバートロン星におるのだ……!?」



 ――その時メガトロンの2メートルほど前方で、パコッという音と共に天井が観音開きに開いた。
 そしてそこから現れたのは、なんと。
「ジャガー……? ジャガーではないか!」
 サウンドウェーブのカセットロン、ジャガーである。彼はしなやかに着地すると、おすまし座りをして、
「にゃー」
「何?」
 直後メガトロンの足元がパコッと開き、
「にゃああああああああああああああああああああああッ!!」
 ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――
 彼は真四角な暗黒の中へと落ちていって、










「――そこで目が覚めた」
『はぁ……それはなんとも……難儀な夢を見られました、ね……?』
 モニター先にいるレーザーウェーブの受け答えは戸惑いに満ちていた。それもそのはずである。突然通信で呼び出されたと思ったら、おもむろにそんな話をされたのだ。主君の意図が全く分からない。
 一方その主君はアームレストに頬杖をついていたのをやめ、腕と足を組んで改めてレーザーウェーブを見た。威厳はそのままながらも改まったメガトロンの様子に、レーザーウェーブはわずかに首をかしげる。
「お前には感謝している」
『えっ』
 レーザーウェーブは心底驚いた。あまりの驚きに、素で反応してしまっている。本来なら主へ聞き返す時に「えっ」はない。
 だが無理もないだろう、この破壊大帝は面と向かって部下を評価することはあっても、心からの感謝の言葉は決して口にしない。感謝とは同等か上の者にする行為だ。絶対的な支配者は、権力誇示のために、感謝などしてはならぬのである。もちろん謀略に必要なら話は別だが。
 それが今メガトロンは、部下であるはずのレーザーウェーブに素直に謝意を表したのだ、唐突に。
 そして彼にそうさせたのは、他でもない――
「夢から覚め、一番最初に思い浮かんだのはお前のことだった。お前が経験した400万年は、あの長いトンネルを歩くが如くだったのではないかと、思ったのだ」
『メガトロン様……』
「儂等にとって400万年は一瞬であったが、お前にとっては永く苦しい400万年だったことだろう。……よく、儂への忠誠を貫いてくれた」
 400万年。諦め、見限るには充分すぎる年月のはずだ。しかしレーザーウェーブはそうしなかった。今こうしてメガトロン達が地球で活動できるのも、この優秀な防衛参謀がいてこそである。それを思うと、礼の一つや二つくらい言ってやらねば気が済まなかった。忠誠に報いるには目的を果たすことが一番だとは分かっているが、それでもその前に一言、明確に表しておきたかったのだ。……信頼の証を。
『……ふはっ』
 少しの間の後、レーザーウェーブは噴き出した。僅かに嘲りが混ざっている。人間が口元に手を当てて笑うように、ガンアームを単眼の前に持ってきてしばし喉の奥で笑った。
『あまり買いかぶりますな。それに……400万年の間、本当に私が愚直にお待ちしていたとでも?』
 笑いの意味は自嘲と、そして主君への揶揄だ。メガトロンはそれを鼻で笑い飛ばした。
「過程は問わぬ。しかも400万年分などいちいち聞いてられんわ。肝心なのは結果だ」
 それに、とメガトロンは挑発的な笑みを見せる。レーザーウェーブの先の“それに”にかけた形だ。
「愚直過ぎるのも言葉通り愚かなことよ。貴様が何かを企んでいたなら、それも含めて評価してやる。……よくやったぞ、レーザーウェーブ」
『……』
 やがてレーザーウェーブは穏やかな気配で深く息をつき、敬礼した。
『私には過ぎたお言葉です、My Rord. 我が忠誠はこれからもメガトロン様のものです』
「当然だ。期待しておるぞ」
 メガトロンは満足そうにうなずいた。



END
書き始めてから一年半たちましたが、やっと完成!
ちなみに前にアップした『狭間の感傷』もそうでした(笑)

夢って、現実では存在しない設定があったりしますよね。
夢の中ではその設定が絶対で疑問にも思わないし、しかも自分の思考に制限がかかっててちゃんと物事を考えられなかったり。
でも起きてからよくよく考えると「なんで?」「いやいや、ありえんから」って思う。










「サウンドウェーブ、ジャガーを出せ」
「ジャガー、Ejeeeeect.」
「よし、ジャガー。ちょっと“にゃー”と鳴いてみろ」
「ハ?」
「……ギャア」
「ギャアではない、にゃーだ」
「ギョアー」
「ギョアーではない、にゃーだ」
「ギ、ギギャア……」
「ふむ、やはり無理か」
「……メガトロン、何をしていル」
「いや、夢の中でジャガーがにゃーと鳴いておったのでな。もしかしたら実際にも鳴けるのかもしれんと思ったんだが」
「「(んな、御無体な!)」」
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