狭間の感傷

TF−TOP
 セイバートロン星からデストロンが撤退したというのに、本部基地のガードロボはまだ生きていた。さすがはかの防衛参謀が率いていたAI軍団である、その忠誠心には頭が下がる思いだ。パーセプターが外から半壊したメインコンピューターにハッキングし、内部の修復と再構築を進めながらガードロボに関するシステムを改ざんして警備を黙らせるまで、結局丸一日を要した。
「さすがはパーセプター。相変わらずいい仕事をするよ」
 マイスターが隣を歩く功労者の肩を叩いて労うと、パーセプターは苦笑した。
「なかなか骨が折れたよ。何せ」
「おっと、それ以上は理解できないから省いてくれて構わないよ」
 マイスターは過程を事細かに説明しようとしたパーセプターを慌てて手で制す。パーセプターは有能だが、講釈が少々煩わしいのが難点だ。パーセプターは少しがっかりしたようで、肩を落とした。
「それはそうと」
 マイスターは辺りを見回した。話題をすり替える意図もある。
「まさかこうしてここに立ち入る日が来ようとはね」
 今二人がいるのは司令室の前だった。デストロン基地の中枢だった場所が、歪んだ戸口の向こうに控えている。
「思いもよらなかったかい?」
 少し呆れた調子でパーセプターが返した。なんの為に今まで戦ってきたのかと問いたいのだ。
「分かってるさ。ただ、戦いがあまりにも長すぎたよ。未だに実感が湧かない。まるで夢でも見ているかのようだ」
「それは私も同じだがね」
「だろう?」
 そして二人で苦笑する。
 そこへ。
「――マイスター副官?」
「ん?」
 笑い声を聞いて存在を察知したのだろう、司令室の中から一人のサイバトロン戦士が声をかけてきた。
「ここにいたのか、バンブル」
 勇敢で有能な黄色いミニボット、バンブルだ。
「ちょうど良かったよ。オイラ凄いモノ見つけちゃってさ。今知らせに戻ろうと思ったところだったんだ」
「凄いもの?」
「そう。まぁこっち来て、見てみてよ」
 マイスターとパーセプターは互いに顔を見合わせ、バンブルに近寄った。
 ――ほとんどが壊滅したかつての悪の要塞は、清々しい沈黙に包まれている。崩落して大きく開いた穴から投光機の光が差し込んで内部を照らす様は、壮麗とすら言えた。彼等がいる司令室はその見通しの良さゆえに他所よりも更に派手に崩壊しているため、明かりが殊更強く差し込んでいる。
 その白光の柱の中に浮かび上がる巨大な瓦礫の、その下に。
「!」
 白い光を受けて紫電の如き煌きを返すガンアームを見つけ、二人は一瞬言葉を失った。
「レーザーウェーブ、だよね」
「おそらくそうだろう」
 パーセプターがうなずく。司令室で見つけるガンアームの所有者など一人しか思いつかない。
 少し視線を転じると、衝撃で千切れたらしい紫色の片足が投げ出されていた。
「逃げ遅れたのかな?」
 しかしパーセプターは首を振る。
「いや……デストロンとセイバートロン星を守るために、最後までここで指示を出していたのかもしれない」
「あぁ、それはそうかも。その方がレーザーウェーブらしいね」
 バンブルも納得してうなずく。
「……」
 二人の会話を、マイスターの意識は遠くで聞いていた。
 レーザーウェーブ。セイバートロン星の覇者となった破壊大帝の腹心として、惜しむことなく手腕を発揮し、長らくサイバトロンを苦しめてきたデストロンの防衛参謀――
「……お前さんもリタイア組か」
 意識なく、マイスターから落ちた呟き。パーセプターははっとして彼を見た。マイスターは苦笑いを浮かべてレーザーウェーブだったものをじっと見下ろしている。
 ――その視界にバンブルが割り込んだ。
「ん?」
 何やら半眼で睨まれていることに気付き、マイスターは首をかしげる。
「どうかしたかい、バンブル」
「今、死に損なった、とか思ったでしょ」
「えぇっ?」
 マイスターは笑った。
「まさか、そんなこと」
 しかしバンブルは睨んだまま。
 マイスターは息をついた。
「分かったよ。降参だ。実はちらと思った」
 途端にバンブルの蹴りが脛に炸裂。
「あたッ!」
 マイスターは脛を抱えて背を丸めた。バンブルはそれに構わず、肩を怒らせて去ってゆく。
 パーセプターは呆れたようにため息をついた。
「そういうのは思っていても表に出さないようにしないと」
「表に出しているつもりはなかったんだがなぁ。だいたい本気だったわけじゃない。ただちょっと……魔が差してしまった」
「それでも『死ねなかった』なんて言葉、生き残った若者には酷だろう」
「だろうね」
 かと言って睨まれた時に隠しきれたかというと、それも怪しいのだが。迂闊だったなとマイスターは肩をすくめた。
「でも今回は本当に、時代の変遷を嫌なくらい思い知らされたよ」
「さっき、戦いが終わった実感が湧かないって言ってなかったかい?」
「……」
 パーセプターにからかうように言われ、しかしマイスターは言葉を返さなかった。彼の目線は再びかつての防衛参謀を見下ろしている。
「マイスター副官?」
「……本当に、戦いが終わったと思うか?」
 少し抑えられた声音で問われ、パーセプターは深く息を吐いた。
「いいや」ためらいもなく断ずる。「ホットロディマス、じゃない、ロディマスコンボイの話には、ガルバトロンの死を確信できる要素はなかった」
「だろう? 弱った体を宇宙へ放り投げただけでは、決定打にはならない。この広大な宇宙には未知数な部分も多い。いや、宇宙のほとんどが未知数と言ってもいいくらいだ。奴にとってどんな奇跡が起こるか分からない」
 実際――二人には知る由もないことだが――スタースクリームによって宇宙へ放り出されたメガトロンは、ユニクロンの力を借りてガルバトロンとして帰還してきたのである。
「それに、チャーの報告にあったクインテッサ星人……」
 パーセプターが呟く。
「知り合いかい?」
「残念ながら知り合いではないが、何処かで聞いたことのある名前だ。あまりよろしくない話だったような気がするが……すまない、思い出せない」
「いずれにせよ、不安要素が未だ多すぎる、ということだよ」
 マイスターは眩しそうに頭上を仰いだ。視界に広がる白い光と、垣間見える漆黒の宇宙の空。
「新しい時代は新しい者達に引き継がれた。でも、それと同時に新しい戦いも引き継がれる。しばらくは平和になるだろうが……いずれは」
「因果な話だ」
「まったくだよ」
 そして再び二人で苦笑した。



 セイバートロン星から遠く離れた地球で共に戦ってきた同朋の多くを失った。しかも短期間の内に。だからマイスター副官の気持ちも分からないでもないのだ、本当は。
 でもバンブルは納得したくなかった。自由と平和のため、長い間……本当に永い間戦い続けてきたというのに、やっと来たる新しい時代に際し、死ぬのが役目だなんてあまりに悲しいじゃないか。
 だいたい逝ってしまった仲間達は、決して死にたかったわけではなかっただろう。それに無意味に倣おうなどと、冒涜以外の何ものでもないと思うのだ。
「レーザーウェーブだって、死にたくなかったよなぁ」
 ユニクロンの襲撃で死んでいったデストロンだって、きっと。
 時代の本流とは、本当に情け容赦ない。ふいのきっかけで何もかもを、それこそサイバトロンもデストロンも関係なく、あらゆる全てを引っ掻き回して押し流してく。今回みたいに。
 でも、負けたくはかった。抗うことなく退場させられるなんて冗談じゃない。自由と平和のために、永い間、本当に永い間戦い続けてきたのだ。その努力を、絶対無駄になどさせるもんか。死んでいった仲間のためにも。
 そしていつか、必ず。
 ――バンブルは来た道を振り返り、後でもう一度蹴っておこうと心に決めた。



END
書き始めた時はもう少し重い感じでマイスターの心理描写をする予定でした。
でも書いている内にこんなのサイバトロンじゃないなーと思い、ドライな感じに路線変更。
会話も増えたので、少しはテンポ良く読んで戴けたんじゃないかな……と思いたい(汗
TF−TOP

-Powered by HTML DWARF-