矜持〜彼はいかに生きたか〜
虫如き数のガードロボが、揺さぶられるセイバートロン星の中を方々へと移動していく。
一方はユニクロンの攻撃を防ぐため。惑星と同等の大きさを持つ体から繰り出される攻撃を前に渾身の防御システムすらなす術もなかろうが、攻撃から広がる崩壊の連鎖を途中で食い止めることはできる。
一方はユニクロンへ総攻撃を仕掛けるため。各々武器を携え、またセイバートロン星上にある各種兵器を全て作動させて、集中砲火を開始する。惑星と同等の大きさを持つトランスフォーマー相手に、一切の抵抗は意味をなさないだろう。しかし彼等に諦めるという選択肢は始めから存在しない。目的を以って造り出された彼らは、与えられた役目を全力で全うするだけだ。セイバートロン星を、守らなければならない。
そして一方は、デストロン兵達を脱出させるため。避難経路を計算して確保し、緊急脱出用シャトルを起動させる。万が一のことを想定しておくのも備えの一つである。
――こうして、多くの犠牲を出しながらも、デストロン軍はセイバートロン星を脱出できたのだった。
「デストロンの栄光もこれまでか」
脱出用シャトルの中、疲れたような声で誰かが呟く。絶望に似た雰囲気が場を支配していた。あの惨劇の中でさえ、ガルバトロンと新参者達は姿を現さなかった。見捨てられたか、はたまた先にあの巨大トランスフォーマーにやられてしまったか。今はもう、何をする気も起きない。第一、このシャトルが何処に向かっているのかも分からない。
「……そういえば、レーザーウェーブは?」
船内の片隅で膝を抱えてうずくまっていたフレンジーが、ふと思い出して誰にともなく尋ねた。船内のトランスフォーマー達はそこで初めて紫色のレーザー砲がいないことに気付き、辺りを見回す。
「別のシャトルじゃないか?」
脱出できたのは一隻だけではない。
しかし、その可能性をモーターマスターが否定した。
「奴なら死んだ」
「!」
途端に、船内が沈黙に包まれる。息を呑む気配が如実に分かるほどに。
「嘘、だろ? レーザーウェーブが、まさか」
やがて震えた声で呟くフレンジー。
「サウンドウェーブ!」
すがるように主の名を呼ぶ。
「……」
サウンドウェーブはいつもの無機質な面相でモーターマスターを見つめた。
「本当だ。何せ俺の目の前で崩落に巻き込まれ、潰されたんだからな」
「そんな」
フレンジーが呻く。そして口にはしないものの、誰もが同じように衝撃を受けていた。
――前代未聞の脅威に、しかしレーザーウェーブは逡巡せずに指令を出した。多くのデストロン兵が出撃していく。数々の兵器を標的に向け、攻撃を開始した。
しかしそれら全ては、相手にとって少々目障りな羽虫程度でしかなかった。デストロン兵は次々と撃墜され、破壊されていく。
ユニクロンを見上げ、レーザーウェーブは歯噛みした。逃げようと提案する声が聴覚センサーに入ったが、誰なのか判別することはしなかった。そんな場合ではない。一度、逃げ出し始めた同朋を振り返り、そしてユニクロンに視線を戻す。それから一瞬だけ考えて、コンピューターのコンソールに駆け寄った。
レーザーウェーブ、逃げよう。生きていれば再起もできるだろうが、死んでしまっては何もかもが終わりだ。誰かが説得を試みる。しかしレーザーウェーブは聞かなかった。かけられた言葉の内容を理解することもしなかった。レーザーウェーブはただコンソールパネルを操作して各種プログラムを立ち上げ、通信機でガードロボに指示を出す。
そこで、誰かの声が悲鳴の如き叫びをあげた。
「レーザーウェーブ!!」
続けて聞こえた轟音にレーザーウェーブは頭上を見上げ、
衝撃。
ブラックアウト。
レーザーウェーブの最期を目の当たりにしたモーターマスターは、かの防衛参謀がコンソールで何をしたのかまでは分からない。
しかし。
「おそらく俺達は、アイツに救われた」
そう言うモーターマスターを、サウンドウェーブはしばし見つめて――やがて顔をそらし、面相同様に無機質な声でぽつりと呟いた。
「……最期まで馬鹿な奴ダ」
その場にいた全員がサウンドウェーブに注視した。誰もが、あぁなんて的確な表現だろうと思った。
メガトロンの代わりを務められるほどの実力を有しながら、ひたすらにひざまずくことを選び、生きているかどうかすら分からない主の帰還を400万年も待ち続けて、忠誠を尽くし通した戦士。
失うにはあまりにも惜しい馬鹿であった。
END
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