コウモリと果物

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 コウモリは恨んでいた。
 四将を心の底から恨んでいた。
「えっ、リンゴ? ガイスターにやられて、リンゴどころか果物一つないよ」
「ウチが欲しいくらいですリンゴ。や、リンゴじゃなくてもいいから、何か果物……」
「売り切れ……じゃなかった。盗られ切れです」
 いたるところの果物という果物が既に四将にやられ、何処にもないのである。かといって手ブラで帰るのもプライドが許さず、コウモリは途方に暮れていた。
 ――畜生。なんでこんな目に……元はと言えばアイツ等がバカなのが悪いんじゃないか。くだらないことで全部台無しにしやがって。いつぞやの夏のお宝もダメにしたばかりだというのに。ダイノガイスト様への忠誠心ってモノがないのかアイツ等は。それに、少し分けてくれたって……
 ぐちぐちぐちぐち。
 口から文句はいくらでも出てくるが、果物は一向に出てきやしない。やっと見つけたと思ったら、ディスプレイ用の偽物だったりするし。もう散々。
 真っ青だった空はいつの間にかオレンジ色になっている。
 道を行く人々は今日何度か見掛ける巨大なコウモリに、ガイスターの仲間かもという疑惑を抱きながらも、哀れむような眼差しを向けていた。
 かわいそうなかわいそうなコウモリ。
 疲れのせいで、どんどん高度が下がっていたが、もうコウモリには認識できなかった。
 意識が少しずつ朦朧としてくる。視界もだんだんぼやけてきて――
 ヘロヘロヘロ〜〜〜〜〜〜
 ボトッ
 とうとうコウモリは道端に落ち、動かなくなった。


「あらー、大きなコウモリさん。こんな所で寝っちゃって、どうしたの?」
 女の声。しかし顔を上げる気力もない。
「いくら夏でも、こんな所で寝てると、風邪をひいちゃいますよ」
 ひくか、ンなモン。と内心思いつつ。
「リ、リンゴ……」
「リンゴ? コウモリさん、リンゴが欲しいの?」
「リンゴ……」
 女はうーんと考え込んだ。
「リンゴは時期じゃないから売ってないのよねぇ。それにガイスターさんが果物全部持ってっちゃったみたいだし……」
 ちくしょ、アイツ等……
 女はしばし考え。
「そーだ。リンゴはないけど、モモとパイナップルはあるわよ」
「……へ?」
 コウモリは顔を向けると、女はにっこりと微笑んだ。
「お中元でたくさんもらったから、お裾分けして回ってたの。これで良かったらあげるわよ」
「そ、それって果物か……?」
 コウモリの声に少し元気が戻った。
「果物よ。今旬だから美味しいわよ」
 女は「はい、どうぞ」と、モモ六つが入った袋と、パイナップルが二つ入った袋をコウモリに差し出した。
 コウモリはガバリと起き上がると、足で二つの袋を掴んだ。
 やった!! これで四将に馬鹿にされずに済むし、ダイノガイスト様もお喜びになる!
 他でもない、人間に情けをかけてもらったのはこの際気にしないことにした。バレなきゃいい。
 ダイノガイスト様!
「コウモリは今、果物を持ち帰ります〜!!」
 コウモリは嬉しそうに叫びながら空へ舞い上がった。疲れなど、もう感じなかった。
 礼を言う習慣などないガイスター。しかし女は気にしていない。
「モモはちゃんと洗って、パイナップルは中の黄色い部分を食べるのよ〜」
 と言いいながら、コウモリの姿が見えなくなるまで手を振っていた。



 本当に持ってきやがったとか、一体何処から見つけてきやがった等、驚きの声をあげる四将(というかプテラとホーン)を尻目に、コウモリはダイノガイストの元へと急いだ。
 体力は既に限界を越えていた。しかしダイノガイスト様へお届けするまでは潰れるわけにはいかぬと、コウモリは己の体に鞭打った。
「ダイノガイスト様! これが果物という物……ですぅ……」
 袋をダイノガイストの手元に置くや否や、コウモリはへたり込んだ。
 巨大なダイノガイストからすれば微々たる量だが、味を見るだけなら充分だろう。
 ダイノガイストは二つの袋を摘み上げ、コウモリを見た。
 ――そのコウモリが突然起き上がる。
「モモはちゃんと洗ってから、パイナップルは中の黄色い部分を食べるそうです」
 言い切ってパタリと気を失った。
 ダイノガイストはしばらく袋を眺めた。
 ピンク色の丸い物が五つ、トゲトゲした円柱状のような物が二つ。これが人間の宝かと観察する。ちなみにダイノガイストは知る由もないが、コウモリはモモを一個ちゃっかり食べている。
 ダイノガイストは果物達を口の中に入れた。どうせこんな量ではトレーダーには売れない。洗うのも皮を剥くのも面倒なので、気にしないことにした。
 甘酸っぱい味が口の中に広がる。
「……あの馬鹿共が……」
 飲み込み、一人悪態をついた。







「大きなコウモリ?」
 コウタは驚きの声をあげた。
「そうなの。ちょうどコウタぐらいのコウモリさん」
 ほのぼのとした笑顔でヨーコが答える。
「コウタと同じって……んなデカいコウモリが、日本にいるワケないじゃない!」
 馬鹿馬鹿しいとでも言うように言ったのはフーコ。
「本当よ。リンゴを探してるみたいだったんだけど、今時期じゃないでしょ? それにガイスターさんが果物全部持ってっちゃったから、お中元でもらったモモとパイナップルを分けてあげたの」
 ガイスターに“さん”はいらないと思いつつ、コウタは改めて母の凄さを知った。人語を解し、話すコウモリなんて絶対ガイスターの仲間だろうに、さらりと果物を分けてやるとは……
「きっと外国から遠路遥々日本の果物を取りにきたのね。とても嬉しそうに飛んでいったわ」
 たぶん宇宙からだよ……コウタは苦笑いを浮かべる。
「そんな珍しいコウモリ、記事にしたかったなぁ」
 ほのぼの気にあてられたジンイチがのん気に返す。もっとも心の中ではガイスターの仲間かもと考えているが。
「お仲間さん達、喜んでくれるといいのだけど」
 そう呟いてヨーコはデザートのモモを口に入れた。


「大きなコウモリ?」
 ジンイチの車――エクスカイザーは不思議そうな声でコウタの言葉を繰り返した。
「そっ。僕くらいあったんだって。しかも喋ったんだってさ。大きいコウモリは地球の何処かにいるのかもしれないけど、さすがに言葉は話さないよ」
 ボンネットの上に座りながらコウタが言う。
「ふむ……」
「ねぇ、エクスカイザー。やっぱりガイスターの仲間なんじゃないのかな?」
「おそらく。ダイノガイストには四将の他に、伝令専門の配下がいる。そいつかもしれない」
「やっぱり」
「で、そのコウモリに会ったママさんは大丈夫だったのかい?」
 エクスカイザーの当然の心配に、コウタは苦笑いを浮かべた。
「うん。それどころかモモとパイナップルを分けてあげたんだって」
 とたん車のライトがまばたきをする。
「モモとパイナップル? ……分けてあげた?」
 エクスカイザーは再び不思議そうに呟く。その声には驚きも込められていた。
 宇宙人にはモモとパイナップルが何なのか分からない。それにガイスターとママさんの間で、物を分けるという友好的な状況が成り立つなんて考えられない。
 ……いや、あの人ならもしかしたら……でも、なぁ。
 コウタがモモとパイナップルは果物の一種だと教え。
「コウモリは最初、リンゴが欲しかったらしいんだ。でも果物はガイスターにほとんど持ってかれちゃったし、元々夏の果物じゃないから手に入りにくくて、見つからなかったんだね。で、探し回ってるうちに疲れて道に倒れているところを、ママが見かけたみたいなんだ」
「……ガイスターの仲間が一人で果物探し……? 散々盗んでいったその後で?」
 考えてみれば状況は少々奇妙である。しかしコウタはあっさりこう言った。
「ガイスターって仲悪いでしょ。何かあったんじゃない?」
「なるほど……」
 エクスカイザーは内心感心した。確かに四将同士は仲が良いとは言えない。ならばコウモリもあまり良い関係ではないかもしれない。コウタは見る所はちゃんと見ているのだ。
「えーっと。で、ママがお中元でたくさんモモとパイナップルをもらったから、分けてあげたってワケ。とても嬉しそうに帰ってったってさ」
 他者から情けでもらった物を、嬉しそうに持って帰る……一体何があったガイスター……
 ――が、何より印象強いのは。
「慣れぬ人外の者に、平気で物を分け与えるとは……対したお人だ、ママさんは」
 只者ではない、とエクスカイザーは唸る。
「本当だね。まぁ、あまり深く考えてないだけなのかもしれないけど」
「……」
 ガイスターのせいで、あらゆる意味で何度も危険な目に遭っているというのに、動じることがない。エクスカイザーは、ママさんは偉大だと思った。

 地球。本当に不思議な星だ。



END
計算三部作、これで閉幕になります。
お付き合い下さりありがとうございました。
ママさんは作品中一番偉大な人だと思われます。
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